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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    そうです 1話も凄かったんですけど 7話以降で和田さんが演出をやり始めてから 作画だけじゃなくて全体の見せ方とかも スゴイなあ と思って それも作画と同じで ただリアルにハイクオリティに作るのではなくて 見てる人を こう 笑わせるとか 楽しませようという姿勢があるんですよね 本人はそう言いながらも 苦しみながらやっているんですけれど 笑 でも やっぱりどこか楽しんでるところがスゴイ 今まで見てきた人と違うタイプかな 和田さんの仕事は スゴイだけじゃなくて 楽しいんですよね それがやっぱり スゴイな という 笑 小黒 それがタダモノじゃないところですね カレイドの すごい 関係者 が語る和田高明の仕事ぶり その3 國音邦生 色彩設計 小黒 それでは 次は色彩設計の國音さん 國音 和田さんと言うと ロゼッタなんですよね 一番最初にロゼッタが出てきたのが 和田さんの回だったんですよ 7話 笑わない すごい 少女 それでロゼッタの色を決める時に結構 やりとりをしたんです 和田さんは もっと派手にしたかったんですよ もっと派手というか パキッとした感じにしたいとおっしゃっていて ただ そうすると カレイド の色の作りの中では 派手すぎちゃうんです 僕はロゼッタは赤毛だと思っていたんですけれど 和田さんは ピンクがいい と言って 和田さんが自分で色をつけたものをメールで僕のところに送ってきたりして でも これはちょっと違うキャラになるんですけど みたいな話を延々とやって それでできたのがロゼッタなんです だから それ以降ずっと 和田さんと言えばロゼッタ というイメージがあるんです それは その後のロゼッタの話も和田さんが担当したからというだけじゃないんです ロゼッタの立ち居振る舞いから 着てるもののテイストまで ロゼッタ周りの空間は 和田さんが全部作ってるんじゃないのかとすら思う 例えばディアボロ対決なんかでの動かし方 見せ方で この子はこういう子なんだ というのを確立したんだと思う そうやって作ったものがロゼッタの核を作っていったという気が 非常にしますね 一同 おおーっ 拍手 小黒 いいお話でした ありがとうございます 追崎 和田さんの担当した回って 最初の頃は美術設定まで 和田さん任せだったんですよね 小黒 そうなんですか 追崎 好きにやって下さい っていう 國音 和田さんの回は設定が細かいんですよ こんな感じ というメモ書きみたいなものを沢山 描いてくるんでよね それが おお という感じでね 追崎 参考の写真をつけてきたりね 國音 そうそう 金子 和田さんの話数は設定制作も手が出せないぐらい 和田さんが世界を作っちゃうんです 作打ちの時に和田さんが その人が作画する分の設定を作ってきてくれるんですよ 参考用に 映画をキャプチャーしてプリントアウトしてきたり そういう分厚い資料を作ってくれたりして 小黒 それは凄い 金子 和田さんの机の周りを見ると分かるんですけど 入りきれないほど沢山のファイルがあって いつか使うかも知れない と言って カモノハシの映像とかを持ってるんですけど 一同 笑 金子 私は そんな資料を集めても カモノハシを描く機会はないですから とか言うんですけど 和田 いや 分かんないよ 笑 小黒 和田さんは 資料魔なんですね 追崎 資料魔ですよ ファイルの数を見たら ビックリしますよ 金子 自宅にどれぐらいあるんだろう とか思いますよね 和田 資料魔というか だいたい俺の場合 設定が揃ってから打ち合わせする事って まずないんだよ 打ち合わせするんですけど 設定はないんです って言われる事が多くて じゃあいいよ 俺の方で作るからというパターンでやってきたから 小黒 なるほど 和田 インド軍が来るんですけど 設定はありません って言われるんたよ インド軍かよ どんな銃を持ってんだよ みたいな感じで それを調べるところから原画が始まるから 笑 カレイドの すごい 関係者 和田高明インタビュー 本編 小黒 というわけで ここからインタビュー本編に突入したいと思います まず カレイド 以前の話からいきましょう 分かる範囲で作品リストを作ってきました 和田 なんですか 本格的な書類みたいだけど リスト見ながら あー あー やりましたね こんな仕事 さすがですね 小黒 いやいや まだ足りないと思うんですけど 小黒 取材前の下調べで 学生時代に作られた 共学驚愕学園 を観たんですよ 和田 観ちゃったんですか 笑 小黒 中央大って昔から自主制作は昔から盛んなところだと思うんですけど それにしてもよく動かしてますよね ほぼ全編2コマですよね 和田 と言うか 何も知らないから それから 他に作ってるヤツから 8ミリフィルムだと3コマだと動きがカクカクしちゃうと聞いて 動かそうと思ったら 2コマでやらないと というのがありましたけれどね 小黒 学生時代から とにかく動かしたい と思っていた人が そのまま現在まできちゃったんだろうな と想像するんですが 和田 うーん それは非常に本質を掴んでると思う 笑 小黒 共学驚愕学園 と カレイド を比べると テクニックはともかく やりたい事は変わってないと言うか 和田 この頃 自主制作をやっていた頃 は 立派な大人だったですから そんなに今も価値観は変わってない と言うか 実は今でも同じ事を繰り返している 苦笑 小黒 もうちょっと遡ってお話を伺いたいんですけど そもそもアニメの作画をやりたいと思ったのはいくつぐらいの時ですか 和田 やっぱり普通に 宇宙戦艦 ヤマト や 機動戦士 ガンダム のあたりを体験して みたいな感じで 作画をやりたいと思ったのはどうなんだろう 高校の時は絵を描きたいなと思ってたから そのあたりだと思うけど アニメの絵がいいなと最初に思ったのは やっぱり 銀河鉄道 999 かな 小黒 ほうほう 和田 こういう絵っていいよね と思ったのが 999 だと思う 小黒 それはTVですか 映画ですか 和田 映画の方です それからお約束で申し訳ないんだけど やっぱり ルパン三世 カリオストロの城 だった 笑 小黒 なるほど 共学驚愕学園 の話に入りたいんですが あれって 20分ぐらいあるでしょ 和田 結構長いんですよ 小黒 自主制作としては信じられないぐらい長い しかも ずっと2コマで動いてる どっからお金が出てるのか 心配になりますよ 和田 それはみんなで土方をやって稼いで 笑 それがフィルム代と絵の具代に消えていったというね ちなみにセルはね とある制作会社から戴いてきたものを使っていたんです 使い終わったセルを捨てるじゃないですか でも セルも全面にキャラが描かれているわけではなくて 隅っこにキャラがちょっとだけいるようなのがあるでしょう そういうのを 断ってもらってきて 描いてあるヤツを消しちゃうんですよ 小黒 なるほど 口だけのセルなんかを消して使うわけですね 和田 そそ 口パクとか目パチとかのセルをいっぱいもらってきて それを再利用したんです だからまず何をするかというと セルをダーンと積み上げて さあ 拭くぞー ってね 笑 200枚セルができたから 200枚塗ろうっと とか そういう流れで あれは大体 2ヶ月ぐらいで作ったんだよね 小黒 え 追崎 すげー 小黒 その2ヶ月ぐらいって 夏休みを利用したんですか 和田 いや 今の仕事と同じで 11月に公開するからと言って 9月ぐらいから作業を始めて どうすんだよ 間に合わねーよ と今と同じ台詞を言って 笑 小黒 その間は 授業とかは出なかったんですか 和田 授業は出ましたよ 単位を落とすわけにはいかないので 大学からちょっと歩いたところに作画小屋として 一軒家を借りたんです それからちょっと離れたところに撮影小屋というのがあって 学校と作画小屋と撮影小屋の3ヶ所を往復して家に帰らなかった 笑 小黒 え ちょっと待ってください その一軒家を借りたっていうのは 誰が借りたんですか 和田 みんなでお金出し合って 非常に安い 木造のところを借りたんです で 猫がよく遊びにきてて 猫とじゃれながら作業をして 小黒 それが出てくる猫のモデルになってるんですね 和田 まあ そんな感じで 小黒 当時 もう校舎は八王子だったんですか 和田 そうそう 八王子というか 多摩動物公園の近くで 夜中に虎がグオオオーとか吠えているのが聞こえて 虎が鳴いてるなあ とか思いながら 笑 カシャカシャと撮影していましたね 小黒 撮影小屋は 作画小屋と別に借りていたんですか 和田 うん 撮影は完全に窓を閉め切ってやらなくてはいけないので また別に 鉄骨の支柱を立てて 周りを全部閉め切って 9月ぐらいだったからまだよかったけど それでも凄い暑くて 小黒 それは暑いでしょう 和田 暑いわ ちくしょう みたいな そんな感じ 小黒 話は前後しますけど アニメが作りたくて中央大学へ行ったっていうわけではないんですよね 和田 いや 全然 入ったら たまたまあってという感じ だからあの 今はどうだか分からないけど アニメファンサークルみたいなのとアニメを作るサークルみたいなのがあって こっちの作る方がなんか面白そうだなと思って入って 小黒 アニメを作ったのは大学に入ってからが初体験になるんですか 和田 そうですね 最初は何も知らなくて ブックって何 みたいな 実際にやりながら覚えていったみたいな感じでした サークルに入って最初にやらされたのが セル塗りだったんですよ 汽車がポッポッポッポッと走っているようなカットで ここ 塗れよ 明日までに100枚な とか言われて いきなり徹夜かよ と 笑 そんな感じでしたね 小黒 大学でアニメ研でアニメ作りの魅力に目覚めて それで業界に入っちゃったとか そういう感じになるんですね 和田 アニメは好きだけど まあ サークルで作っていれば満足するだろうと思っていたんですよね だけど なんか まだやり足りないよね みたいな気持ちが出てきて という感じですかね その中で アニメかあ 好きだけどなあ 食えるのか みたいな感じもちょっとあったりして 実際に半年ぐらい なんかウジウジ悩んでいたような気がするんですけどね 小黒 半年というのは 大学4年の時っていう事ですか 和田 3年の後半ぐらいから就職決めてかなきゃいけないから その頃ですね 普通に就職活動し始めて やっぱり なんか違うよね という感じがあって ある日 部屋でボーッとしてる時に あ 決めた とか そんな感じ 決めた こっち とりあえず行ってみるか 小黒 その後 フィルムマジックに入る事になるんですか 和田 最初に入ったのはアートランドなんです 小黒 銀河英雄伝説 で動画に名前が出てるようなんですけど それはアートランド時代 和田 それがアートランドの時です アートランドには3年ぐらいいたのかな アートランドではずっと動画をやていましたね フィルムマジックに移る前に イージーフィルムにいたんです リストを見ながら おぼっちゃまくん はイージーフィルム時代にやっていましたね ちょうどこの頃って OVAが一番勢いがあった時代で アートランドが これからはOVAだけで行くぞ みたいな感じになったんです 自分はTVアニメの方がやりたいと思っていたら イージーが おぼっちゃまくん をやってて こういう軽いギャグものをやりたいな と思って 実際には おぼっちゃまくん の内容は 軽くもないか 濃いけど

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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    荒木伸吾 とクレジットされているエピソードだったのだ その後 大勢のクリエイターの仕事に注目するようになるのだが あの時に荒木さんの メグちゃん に出会わなければ ここまでアニメにハマる事はなかっただろう 聖闘士星矢 は自他共に認める荒木さんの代表作だ 美形キャラ と デフォルメを効かせた派手なアクション という彼の二大必殺技を 存分に放つ事ができるタイトルなのだ その 星矢 の新シリーズが10数年ぶりに作られた 一昨年よりスカパー で放映された 聖闘士星矢 冥王ハーデス十二宮編 である このシリーズで彼はキャラクターデザインのみならず 総作画監督を担当 制作開始時から 東映アニメーション方面の知人達から 荒木さんがノリノリで仕事をしているという嬉しい噂が流れてきた 若いスタッフを圧倒する程のパワーだ とか あるいは 次から次へとレイアウトを直しまくっている とか 冥王ハーデス十二宮編 を観てみると 確かにシリーズ全体が荒木さんの画風でまとめられており 時にはあの独特の荒木アクションも見られた 引き続き制作された 劇場作品 天界編序奏 OVERTURE では 荒木テイストが炸裂 作画のテンションは かつての劇場版 星矢 に負けない程のものだった 前置きが長くなってしまった 新生 星矢 での仕事について知りたくて 荒木さんのところに話を聞きに行ってきた 天界編序奏 OVERTURE の公開終了間際の3月6日の事だ まずは 冥王ハーデス十二宮編 の話から このシリーズでは荒木さんは 総作画監督として全話のレイアウトと原画をチェックしており 1話 新たなる聖戦の始まり 7話 黒き衣の群れ 12話 女神の聖衣 13話 決意の朝 では一人で全カットのレイアウトを描いている 大変な仕事量だ 最初はできるだけ他の人に原画を描いてもらって それを直せばいいやという感覚だった 遠慮していたんだよね と荒木さん たとえば15日間で1話分 ほぼ300カット をチェックするなら 毎日20カットを見ればいいのだが TVアニメの本数が激増した事から 今はそれぞれの原画マンが複数の仕事を抱えている そのため なかなか思ったように原画が上がってこなかった 作監スケジュールのラスト数日で100カット 200カットが上がってきたら とても直しきれない それで 遠慮せずにやる事にしたんだ そうやった方がよいものになるし 自分で描けば自分のものが出せるわけだから それでどんどん手を出してったら 結局 ああいうかたちになった 各話作監を担当した1話だけでなく 7 12 13話でも全部のレイアウトを描いたのは 他のアニメーターの上がりを待つよりも 先に自分で全部描いてしまった方が早いと判断したためだ 今回の 星矢 では ある意味わがままなやり方でやらせてもらった 他の作品だったら ここまではやらせてもらえなかっただろうね 昔からのファンには ちょっと嬉しい話も飛び出した 巨人の星 や あしたのジョー をやっていた頃の気持ちに少し戻ったんだよ 描き方もあの頃の描き方を取り戻す事ができた 力を入れて 早く描きたかったため 今回の 星矢 でレイアウトを描く時は ダーマットグラフと呼ばれる紙巻鉛筆を尖らせて使った クレヨンのような極太の芯の色鉛筆である これだと 勢いのある線が引けるのだそうだ 描いた時には ああ 上手く描けたなと思うんだけど 後でレイアウトを見直すと 自分のクセが出過ぎているんだよね いや その荒木さんのクセの部分こそが アニメ 星矢 の醍醐味なのだ シリーズディレクターの山内重保さんとは TVシリーズ以来の付き合いであり 荒木さんと山内さんのコンビが 星矢 独特のアクションを完成させた 今回も山内さんの絵コンテとは 息があっていたという 他の演出家がコンテを描いたエピソードでも 山内さんのアングルを多少 念頭においてレイアウトを修正した 星矢 流のレイアウトのコツは 目立たせたい部分を思いっきり強調し そうでない部分は殺していく ことだそうだ 冥王ハーデス十二宮編 でも 他のアニメーターが描いたレイアウトでよいものがあったが 星矢 風でないものは 申し訳ないが直してしまった 驚いたのは その荒木 山内流の構図を でっち上げた パースの狂った世界だ とご自身が言われた事だ 確かに パースが強調されたその画面は 様式美の極みとも言えるものだ だけど それは荒木さん自身がパースが狂ったものと意識して描いているのか 俄然興味がわいて あれってわざと狂わせているんですか と突っ込んでみた すると 自然に描いても ある程度は 狂うけど 意識して狂わせて描いている と荒木さん なるほど 自然に描いているだけで ああなるわけがない 荒木さんの持ち味 プラス 意図 なのだ かつて若き日の金田伊功さんが 荒木さんのスタジオにいた事がある 少なからず荒木さん独特のポーズやアングルが 金田アクションに影響を与えているだろうと僕は思っているのだが その話を聞いて確信を深めた 冥王ハーデス十二宮編 を振り返ると 自分の好きなように描けた 量的にも沢山できたし そういう意味では 面白かった と意識できる仕事だった 最近の作画監督作品である劇場版の 金田一少年の事件簿 などは あまり画が自己主張してはいけない作品だったので 力の入れどころが難しくて 実は困りながら描いていたと荒木さんは苦笑した 自分は仕事に関しては慌て者だから 早く描きたいんだよね 話はわき道にそれる だけど とても興味深い話題だ 荒木さんは虫プロを辞めた頃 一人でTVシリーズの半パート あるいは1話分の原画を描いていた その時は一ヶ月の中で どうやってその仕事を片づけていくのか 計算をしながら上げていたのだそうだ たとえば あしたのジョー のレイアウトをやっていた時には 目の前に目覚まし時計を置いて描いていた 残りの時間とカット数を計算すると 1カットに15分しか使えないことになる 15分で描くつもりで描けば 15分で仕上がらなかったとしても 目標を立てずに描くよりもスピードが上がる そうして早く描くスタイルを身につけていった 沢山描いた方が面白いし やりがいも出てくる スケジュールが限られているTVアニメは 先手必勝だ と荒木さんは言う 早く進めていれば 後で手を入れる事もできるが ギリギリのスケジュールで作っていては それは無理だ 更に話は遡る 荒木さんが このやり方ならTVアニメはいけると確信したのが 新人時代に ジャングル大帝 で山本暎一さんと組んで仕事をした時なのだそうだ あの頃は とにかく枚数を使うなと言われていた それでやり方を色々と考えたんだ 手前に原住民が飛び上がってからカメラに迫ってくるようなカットで 飛び上がった時に2枚の画をビビらせると動いて見えるんじゃないかとか そんな事ばかりやっていたら ビビリの荒木 なんて言われるようになってね 笑 それはひとつひとつが実験だった その時に 山本さんに色々とアドバイスしてもらった それは本格的なアニメーターになるための勉強とは 逆の勉強だよね 虫プロ風のリミテッドのスタイルを発展させて 荒木さんはあのメリハリのあるアクションを完成させた 早く描く仕事のやり方が その完成を後押ししたのだろう 俺は TVの作品でハッタリを効かせてバーンと描いてきた その方が量が描けるからね 一方で劇場作品に参加して 少しの量を丁寧にやっていく人がいるよね そういう人達は どんどん腕が冴えていくんだ 自分も色んな作品をやるうちに 落ち着いた芝居をさせなくてはいけないと思うようになった 怒ってるんだけども それを表に出さないようにしている表情とか そういう複雑なものだよ 星矢 ではその両方を描いた 冥王ハーデス十二宮編 で勢いづき そのまま制作に突入した 天界編序奏 OVERTURE この作品では 全カットのレイアウトを 荒木プロダクションで描いた 本作のレイアウトには 荒木さんが仕上げたカットと 彼がラフを描き それを元に荒木プロの姫野美智 飯島弘也 茅野京子 市川雅也の5人がクリンナップしたカットがある 原画に関しては総カット数が1450で その中の5 600カットを荒木プロで担当したのだそうだ 荒木プロが原画を担当したのはアバンの別荘のシーン アルテミスと斗馬のシーン そして クライマックスなど 荒木プロの原画に関しては 荒木さんが動きのラフを随分と入れた 作監修正に関しても 荒木伸吾 姫野美智の2人に加えて 荒木プロの他のメンバーが サブの作監として立った 万全の態勢とも思えるが 劇場作品としては制作期間がタイトであり 作業は時間との闘いだったそうだ ギリギリまで粘って作業をすることができ やり切ったという実感があるそうだ 仕上がりに関しては ラッシュを見た時には高揚感があり

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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    守 さんのところに画を持って行って やらせてくれ と言ったんです その時は まだNo 1だったんですけど 2人で うる星やつら の原画をやる事になって 小黒 越智 一裕 さんと2人で という事ですよね 山下 ええ でも 越智君は うる星やつら を先に降りちゃったんですよね その後 越智君は ゴッドマーズ に力を入れて 僕は うる星 をずっとやって そうやって 一緒に仕事をしてきた彼と 別れたんだと思います その頃ですよ No 1を辞めちゃったのは 小黒 その後の山下さんのご所属は スタジオOZとか スタジオとめとか 色々とあるみたいで そのあたりの事も気になるんですが 山下 最初はスタジオOZですね OZという名前のスタジオは他になかったはずなんですけど 仕上の会社がOZという名前を付けちゃって よく間違い電話がかかってきたんですよ その度に いや こちらは作画のスタジオです という感じで対応して それが面倒くさかったので 名前を変えようという事になって それで 誰だか分かりませんが とめ とか言い出して 笑 そのまましばらく続いていたんですけど 解散する事になって 何名かを集めてワンパターンというのを作ったんですね 小黒 ワンパターンを名乗ったのは いつ頃からなんですか 山下 いつぐらいからでしたかねえ よろしく メカドック とか ビデオ戦士 レザリオン とか TVの ルパン三世 PARTIII とか そこらへんですね 小黒 OZと とめは名前は違っていますが 同じ組織なんですね 山下 同じですね 小黒 会社だったんですか それともチームだったんですか 山下 会社じゃありません フリーの集まりですね 小黒 そこはどなたがいらしたんですか 山下 そこには岸 義之 さんという 天才バカボン 平成 および レレレの のキャラクターを作った方と それから 古川 こかわ さんていう方がいたんです あと上妻 晋作 さんがいましたね それともう1人原画マンの方がいたんです 大体5人ですね それが解散したあと 僕と上妻さんが中心になってワンパターンを作って 岸さんや古川さんとは別々になったわけです それから 今は演出をやってる新房 昭之 君がいました 小黒 そうなんですか 驚 山下 ええ いましたね あと 途中で佐野君が入ってきましたね それがワンパターンのメンバーですね 小黒 新房さんはOZ とめ時代にはいないんですね 山下 えーと ちょっとまってください 考えて いないですね 小黒 当時の新房さんはアニメーターなんですか 山下 ええ アニメーターです 遊 戯 王 を描いている漫画家の高橋 和希 っていますよね 新房君は 彼と一緒によく遊びにきていて 小黒 その2人が友達だったんですね ファンとして遊びにきていたんですか 山下 ええ じゃあ ウチに入んなよ というかたちで一緒にやる事になったんですよ 小黒 じゃあ とめ時代に遊びにきていたんじゃないですか 山下 そうですね あの当時はいろんな人が出入りしていましたから ああ そうか やっぱり新房君は とめ時代にいたかもしれない 小黒 いましたか 山下 いました すみません 小黒 いえいえ ワンパターンはいつぐらいまであるんですか 山下 ワンパターンは そんなに長くはなかったですね 僕も行き詰まってた時期で 仕事の上がりもよくなくて 組織として上手くいかなかったんですよね それで結局 自然消滅というかたちになりました 小黒 その後 フリーになられたわけですか 山下 そうです プラプラしてる時 金田さんが じゃあ 一回戻ってくれば と声をかけてくれて No 1ではないんですけど スタジオ のんまるとっていうスタジオに何年か在籍して そこで仕事をやってましたね 小黒 FINAL FANTASY でハワイに行かれる直前まで のんまると所属なんですか 山下 そうですね それまでずっとのんまるとですね 小黒 いつぐらいからでしょう 山下 のんまるとでは 緊急発進 セイバーキッズ はやったなあ 83 機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY をやった時も 所属はのんまるとですね 作業はサンライズでやってましたけど モルダイバー もそうなのかなあ 幽 遊 白書 もそうです 大体そこらへんですよね 小黒 なるほど 山下 リストを指して これ順番になってますよね 小黒 ええ おおむね 山下 御先祖様万々歳 も のんまるとだな この やった覚えのない レスラー軍団 の辺りが怪しいですね ここら辺でのんまるとに移っているんじゃないかな 小黒 のんまるとは 金田さんが中心のスタジオだったんですね 山下 そうですね 金田さんと 鍋島さん 飯島 正勝 さん それと越智君 野田 卓雄 さんが抜けただけで No 1のメンバーがほぼ揃いましたからね 小黒 黒沢 守 さんも のんまるとにいらしたんですよね 山下 そうですね 黒沢君が後で入ってきたのか 最初からいたのかは記憶が定かではないですが あそこって もともとSTUDIO4 Cがあった場所だったんで 小黒 そう言えば のんまるとは4 Cが引っ越しした後に入ったんでしたっけ 山下 そうです その時 STUDIO4 Cにいた 黒沢君が残って のんまるとに入ったのかもしれない 間違ってるかもしれないですけど 苦笑 小黒 その後 ハワイに行かれたわけですね いつまでスクウェアの所属だったんですか 山下 1999年の8月ぐらいにハワイから日本に戻ってきて その後2年ぐらいスクウェアにいたんですよ サイボーグ009 THE CYBORG SOLDIER や RAhXePhON をやった時にはもう辞めていますね 小黒 映画の FINAL FANTASY は 完成まで関わっていらっしゃったんですか 山下 そうではないですね 途中で帰ってきました 映画の方は 絵コンテが主な仕事だったんですよ 制作の後半は 絵コンテ班は仕事がほとんどなかった ハワイに残ってもいいという空気はあったんですけど 帰りたかったんです 制作の 状況がよくなくて 仕事がなかなか上手くいかなかったんですよ それで ハワイにいる時に スクウェアを辞めさせてもらいます と言ったんです そうしたら まあ 待て待て という感じで 本社でゲームの仕事があるんだけど それをやらないか と言われて そういう話があるなら ゲームの方も興味があるんで やります と それでやったのが FINAL FANTASY X ですか FINAL FANTASY ってゲームをやられた事あります 小黒 ええ 山下 あれって召喚獣がでてくるじゃないですか あれは僕がコンテを描いてるんです そういう仕事をやってたんですよ そのあと インターネットゲームの FFXI のモーションづけ キャラクターを選ぶ時に その紹介があって キャラクターが動いて自己アピールす るんです そのモーションづけをやって その仕事が終わって辞めたんですね 小黒 改めて昔の事からうかがわせてください もはや伝説的な話になっているんですが 山下さんは10代で原画マンになった事がよく話題になりますよね その頃のお話から始めてよろしいでしょうか 山下 はい 小黒 そもそも アニメーターになろうと思ったきっかけはなんだったんですか 山下 そうですね 子供の頃は ウルトラマン とか 仮面ライダー とかが好きだったんです だけど 中学生ぐらいになると そういうものがお子様向けの番組に思えて 気持ちが醒めてくるじゃないですか だから一時 ばかばかしくなって観なくなって それよりも戦車のプラモデルとかを作っていた方が楽しい時期があったんです だけど 友達が この前の話の作画監督の画は違うな とか言い出したんですよ 笑 なんの事だろうなと思って聞いていると 作画監督によって画が違うんだよ というような話なんですよ 妙に専門的な話で アニメに 子供じみていない部分があると知って 非常に興味を持ったんですよね だから ちょっと観てみようと思ったんです 友達が 来週の作画は小松原 一男 さんだからカッコイイ と言っているのを聞いて 本当に巧いのかな と思って観るわけですよね すると やっぱり ああ違うな 言ってるとおりだな って事になるんです そうなると 毎週楽しみになってくるわけですよ ストーリーとかじゃなくて 画に興味を持ち出すわけですよね それで 予告を見て 次週の作監が当てられるぐらいに目が肥え始めていくんです 若いですから 吸収が速いんですよ 作画について興味をもつようになって その中で当然 野田さんとか金田さんの名前も出てくるわけです それで 動きが違う という事に気がついて アニメーションが 作品として観るためのものじゃなくて 動きを観るために存在するためのものみたいになっちゃって 笑 非常にマニアックな見方になっていくわけですよね だから ほとんど友達の影響なんですよね 金田さんとかが どんどん好きになってのめり込んでいくわけです で やっぱり自分でも描いてみるじゃないですか だから当時は教科書の四隅に 小黒 ああ やっぱりやったんですね 笑 山下 パラパラマンガを描きだすわけですよ 爆発がカッコイイとか 光線がカッコイイとか思って 自分でも光線を描くわけですよね で 当時まだビデオとかない時期だったから 目を凝らして観て なんであんなにカッコイイんだろう あ 動きの中にこういう1コマが入ってる とか それで劇場にカメラを持って行って 露出を最大限にするんだったかな そうやって スクリーンを 撮って 黒ベタの なんかスパークみたいな画を見つけて お 凄い画が1枚写ってる なんて 笑 小黒 黒地にスパークだけが入っている画ですね 山下 これは凄い と思いましたよ 当時は アニメが ビックリ箱だったわけですよ それは今では当たり前のテクニックで 皆さん 普通に知ってる感じですけど 当時はビデオがないものですから コマ送りできないわけですよね それを発見していくのにワクワク ドキドキして とにかくいろんな作画監督の方とか原画さんとかの仕事を観ながらも やっぱりその中の野田さんや金田さんからの影響を大いに受けてしまったわけですよ 小黒 なるほど 山下 特に面白いじゃないですか 金田さんの作画っていろんなものが入ってるわけじゃないですか 間に特殊な画が 笑 自分でも試行錯誤しながら 画を描いたり パラパラマンガをやったり 紙を買ってきて 原画もどきのものを作って遊んでたんですよね 小黒 それが中学ぐらいの頃ですか 山下 中学から始まりましたね 作画について興味を持ち出して 高校生になると 友達とアニメーションを作ろうという感じになりましたけれどね 結局 作品なんてとても自分達では作れませんでしたが ビデオも普及し始めてきて 友達がビデオを買って 金田さんのやつを録画したけど観にこない と誘われて 観に行ったりしたりして ウチでもビデオを購入して やはり録画してよく観ていました

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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    いえ 原画は辞めてからです 小黒 テレコムには 何年ぐらいいたんですか 橋本 ちょうど1年 小黒 ああ そんな短いんですか 笑 橋本 あはは 笑 隣の部屋で 兄貴が原画を描いていたので とにかく早く原画を描きたかった 小黒 上京してから お兄さんと同居していたんですね 橋本 そうです 最初の数ヶ月は同居していて アパートの 隣の部屋が空いたから そっちに転がり込んで 小黒 なるほど なるほど テレコム出身 と言うほど テレコムにいたわけでもないんですね 橋本 そうかもしれないです 笑 小黒 初原画は 何になるんですか 橋本 初原画は きまぐれ オレンジ ロード 小黒 名前 出てますか 橋本 出てますよ 小黒 かなりやってるんですか 橋本 いえ 1話だけなんですけどね 多分 制作会社に 切られたんでしょうね あははは 笑 オレンジ ロード を1回やって その次は CITY HUNTER を2回やらせてもらって その後が ザ サムライ になるのかな 小黒 なるほど なるほど ザ サムライ って制作はどこだったんですか 橋本 銀河帝国です 小黒 あれってビデオを観てもどこにも出てないんですよ 制作のクレジットが 橋本 そうなんですか 銀河帝国で 出てないんですか 小黒 ええ ザ サムライ はどこをお描きになったんですか 橋本 えっと どこだっけなあ 主人公が双子の女の子に追いかけられてる 小黒 中盤の追っかけですね 追いかけられて 妹が入っているお風呂場に飛び込んで きゃー とか言われて 橋本 そうそう あのあたりです 小黒 取材に備えて観返したんですが あれはグッドですよね 芝居の遊びもあるし ちょっとテレコムチックな作画だし 橋本 あははは かもしれない 笑 小黒 テレコムにいた事での影響は あまりないんですか 橋本 影響ですか テレコムって言うよりは 富沢 信雄 さんですね 小黒 富沢 信雄 さんですか 橋本 富沢さんに 色々と教えてもらったんですよ それは自分的にはかなり大きいですね 小黒 教えてもらったのは画の描き方とかですか 橋本 描き方よりも 気持ちの部分かな 心構えとか 多分 富沢さん自身は何かを教えようなんて意識ないときに 勝手に僕が影響を受けたと思っているんですが 小黒 この頃で まとまった仕事って言うと 何になるんですか 橋本 この頃はあまり数やってないですよね CITY HUNTER までは30カット 50カットやってたんですけど サムライ で なんていうか考え込んじゃったんです 10数カットに半年近くもかけてしまったので 小黒 あの追っかけのところを描くのに 半年ですか 橋本 ええ 半年近くかかったと思います しかも もらった分を全部できなくて 作監の後藤 隆幸 さんにも手伝ってもらって この頃の仕事だと 比較的 ヴイナス戦記 が多いかも 小黒 これはどんなところをやったんですか 橋本 主人公が その辺に転がってるボロボロの一輪車に乗って 敵に 追いかけられてる部分を描いています あまり いい仕事はできなかったです これも 他のスタッフに ご迷惑ばかりかけました 小黒 AKIRA も そんなに沢山やったわけじゃないんですか 橋本 AKIRA も少ないですねえ 12 13カットだったかな 小黒 どこをやったんですか 橋本 最後の回想シーンです 鉄雄がバイクに乗って 金田が後ろから追い抜く 小黒 爽やかなシーンですね 橋本 そうです 爽やかな 大友 克洋 さんは怒ってたそうです 小黒 そうなんですか 動きがよくないと 橋本 いや もう画が 小黒 ああ 画が違うと 橋本 この頃は 迷惑かけっぱなしです 小黒 作品でも人でもいいんですが この頃に大きな出会いってありますか 橋本 一番大きいのは 大平君 小黒 大平さんとは 御先祖様 万々歳 で出会ったんですよね 橋本 ええ そうですね 小黒 大平さんと会う前の橋本さんの仕事は さっきの サムライ みたいに正統的な ねっちり動かそうみたいな方向だったんですか 橋本 うーん まあ 始めて間もないですからねえ そういう風にしかできなかった サムライ の後から ちょっと悪くなっていったんですよ ダーティペア ヴイナス AKIRA はちょっと悪い方に 小黒 悪い方と言いますと 橋本 テンションが下がっていった感じですね 小黒 あまり仕事も濃くないとか 橋本 ええ そんな時にね 大平君に会ったんです それが自分には凄くよかった 小黒 大平さんは その頃 テンション高く バリバリやっていたんですよね 橋本 うーん テンションバリバリではなかったかもしれないけど とにかくやってる事が強烈でしたよ 笑 凄い刺激になりました 小黒 それは描いたものがですか それとも仕事への取り組み方ですか 橋本 描いてるものですかね とてもじゃないけど 敵わないですね 小黒 それは 御先祖様 の仕事ぶりを見て感じられたんですか 橋本 いえ 御先祖様 の時は まだそんなに大平君の仕事を見てないんですよ Angel Cop のあたりからかな 一緒にやり始めたのは 小黒 Angel Cop の2話で スペシャル原画 という役職で St BREAK 大平晋也 橋本晋治 と出てるんです 橋本 はい

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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    画を描く事の疲れだけでなく 管理職としての疲れとか 苦笑 それがきっかけになったんだと思います それと もう時効だから言える事なんですが 実は となりの山田くん の作画インの前に 人狼 をちょっとやってるんですよ その時に 井上 俊之 さんの画を見て 感激したりして まあ そういう志向も高まってたんで 小黒 違う方のもやりたいぞ と 小西 うん リアルなものもやりたいなー って 小黒 人狼 で原画を担当されたのはクライマックスの一部 辺見が地下道を逃げてくとこですよね 編注 撃たれた辺見が水が流れる坂を滑り落ちるあたり 小西 あの作品も凄く刺激になったし 新鮮で楽しい仕事でしたよね これも疲れる作品でしたけど 笑 小黒 フリーになられた後の仕事は何になるんですか 小西 フリーになった後だと 細田 守 さんの デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム がありますね 小黒 えーと デジモンの戦闘中に 光子郎がトイレに行くあたりの芝居ですね 小西 そうそう あそこら辺ですね 戦闘シーンの方は別の人がやってるんですけど その時に スタッフルームに濱洲さんがいて それで 千年女優 に誘われたんです その頃 細田さんと 今 敏 さんが自分の中で気になっていた監督だったんです だから 上手い具合にその2人と仕事ができたのは 非常によかったですね 小黒 千年女優 の小西さんも やる気満々な仕事ぶりで 小西 あっ そうなんですか やる気満々な感じしました 小黒 しましたよ 小西 あ そうですか 苦笑 そうですねえ とにかく今までやった事のないようなシーンがやりたくて でも ジブリにいたと言うと どうしても日常芝居とか 地味なシーンを求められるんですよ その頃 あまりやった事ないとこをやるのが目標としてあったんですが ちょうど そういうとこが空いてたんで ここをやらせてください って自分で言ったんですよ まあ入った時点で そんなには選択肢はなかったんですけれど 小黒 なるほど 他のシーンはすでに埋まっていたんですね 千年 で担当されたのは あの撮影現場のシークエンス 編注 映画の後半でSF映画のセットが崩れて 源也が千代子を助ける 全部ですか 小西 そうですね 宇宙服を着た千代子から カメラが引いて撮影現場になって 若い源也がオーバーラップで オヤジの源也に変わるところまでです 小黒 源也が驚いて駆け寄るカットとか リアクションが細かくていい感じでしたよ 小西 参加しているのが巧い人ばっかりだったんで 怖々やってましたけどね 千年女優 では色んな人の仕事が見られるのも楽しくて ウォーゲーム も山下高明さんとか 中山久司さんとか 今まで出会った事のないようなすごい人とやれましたからね 小黒 千年 でも作画監督として名前が出ていますが これはご自身の原画作業が終わってからの お手伝い分ですね 小西 そうです 最後のお手伝いです 小黒 まとまってやったところはあるんですか 小西 海岸に映画監督がいる 撮影現場のシーンがありますよね 監督が放り投げた紙コップを源也が あわわ とつかんだりするところ あそこと 千代子が掃除をしていたら鍵が出てくるあたりはある程度まとまってやったかな いきなり 作監の手伝いをする事になったんですが どこまでやっていいか分からなかったので 基本的に画を修正するかたちで 動きについては これはあんまりだろう というものだけ直しました 小黒 東京ゴッド に至るまでには 他にはどんなお仕事を 小西 千と千尋 ですね あとは何をやったかなあ ああ あれもやってるんですよ Sci Fi HARRY のオープニング 笑 小黒 ああっ そうなんスか じゃあ あの原田組の一人なんですね あれってメインでやられている方が 名前を出せない事情があって匿名になっているんでしたっけ 小西 ええ あれで初めてあの方と仕事ができて かなり楽しかったですよ 小黒 どのカットを描いたんですか 小西 最初のあたりで 暗闇が揺らめいて風が流れてる中で こうやってて 肩を抱く仕種 腕をダランと降ろすっていうカットなんですけど 小黒 なるほど 今度注意して見てみます 千尋 はどこをおやりだったんですか 小西 千尋 はカオナシが暴走するあたりですね 小黒 具体的にはどこからどこまでなんですか 小西 ニガダンゴを口に放り投げ込まれて突進して 障子を蹴破るところがあるんですけど 蹴破った後のカオナシが出てくるカットからですね そこから ドタバタが収まって 通路の奥を千尋が行って その後にカオナシがよろよろって来るところ 千尋が 油屋の 外に出る寸前まで 小黒 じゃあ大暴れのとこは大体 小西 ええ そうですね あの時も アクションをやった事がないからやってみたいなと思っていたら それを描く事ができて 小黒 ジブリの仕事にしても フリーになってからの方が好きなところが取れるようになったという事ですか 小西 うーん まあ結果的にはそうなのかなあ 千尋 の時は何度か話をいただいていて 参加できそうな時に依頼されたのが そのアクションシーンだったんです それで ここならいいか と思って受けたんです 小黒 なるほど で いよいよ 東京ゴッド ですけども これはどういう形でお話が来たんですか 小西 千年女優 が終わった時に 今さんが 千年 の作監を集めて 慰労を兼ねて食事会をしたんです その時に ちょっと冗談ぽく振られたのが最初ですね その後で 千と千尋 に参加したんですけれど 作業しているところに今さんと豊田さん 編注 制作プロデューサーの豊田智紀 が現れまして それで 正式に話を という流れでしたね 小黒 その頃から 東京ゴッド は 芝居を見せるアニメ というプランだったんでしょうか 小西 内容については 今さんがインターネットに TOKYO GODFATHERS の準備用のページを作っていたんですよ そこに企画意図とか イメージキャラクターが上げてあったので 作品の傾向みたいなものは知っていました だから 芝居が重視される作品である事も分かっていました まあ 自分にアクションとか 派手なものを求めるはずがないと思ったし 苦笑 小黒 で すぐにお受けになった 小西 すぐにじゃなくって ちょっとじらしたと思います 笑 でも 最終的には受けましたね 今さんが直々に来てくれたのが 嬉しかったですよ 不安だったのは 自分の技量で大丈夫なのか というとこで あとはチャレンジするしかないなって 小黒 参加なされた時には コンテはもう進んでたんですか 小西 いや コンテにはまだ入ってないんじゃないかな まだシナリオの段階でしたよ 小黒 キャラクターデザインに関しては 具体的にはどういう感じで作業は進んだんでしょうか 小西 そうですね まず 主役3人を作りましょうという事で

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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    あの辺でもう鼻血 笑 小黒 なるほど なるほど 田中 前から気になっていたんですけど ゲッターロボG の合体シーンの作画って誰なんですかね 小黒 あれは小松原 一男 さんじゃないですかね G のオープニングが小松原さんだから 田中 そうか 小松原さんなのかあ G の合体シーンが凄く好きだったんですよ 頭がバカッと割れるやつ 友永さんじゃないかと思ってたんだけどなあ 友永さんの動きや間って 凄く肉感的なんですよね あとはなんて言っても ルパン三世 新 の アルバトロス と最終回 もう バリバリの作画マニアでしたね 小黒 でも その頃は 地方にお住まいだったんですよね 情報を得るのは難しいのでは 田中 ええ 九州でした だから アニメージュ やら 月刊アニメーション やら必死になって読んで あとは 実際の画面を見て この画のクセは絶対にこの人に違いない みたいな感じでしたね 小黒 その頃からビデオデッキを持ってたんですか 田中 いえ デッキを持っている友達のところへしょっちゅう遊びに行ってました そこで コマ送りや一時停止を繰り返すので 嫌われてしまって 小黒 ああ テープが痛むから 田中 頼むから どうぶつ宝島 のあのシーンをコマ送りさしてくれ つって 笑 小黒 チャンバラのところですか 田中 チャンバラもそうだし キャシーの部屋に突入するところとか 凄く好きで あの頃の 宮崎さんや金田さんって 作画に謎が多いじゃないですか 信じられないポーズをとったり 小黒 この画とこの画の間に どうしてこの画が入るんだろうとか 田中 そうそう 笑 どうぶつ宝島 の 刀 刀 とか言ってるカットなんか コマ送りで見ると キャシーの首がはねられているとしか思えない 笑 編注 マストの上の戦いで 刀が折れたジムがキャシーが持っていた刀を奪うカット 友達の家に押しかけて見て覚えて 学校でパラパラマンガ描いて復習してました とにかく大友 克洋 さんのマンガを見るまでは 目標 宮崎駿 で とにかくアニメーションを極めたいなと思ってましたね 大友さんを見て ちょっとまたオカシくなるんですけどね 小黒 大友さんを知って またマンガを描き始めたわけですね 田中 友達にミリタリーマニアみたいなやつがいて 気分はもう戦争 を見せてもらって 最初は好きになれなかったんですけれど 読み出したらハマって 特に アキラ の第1巻の頃までが強烈に好きで タッチの線1本 1本を覚えるぐらいに見てましたね それで ひょっとしてマンガの方がいいのかな って思い始めて アキラ が始まったのが 上京する1年前ぐらいかな 小黒 上京するきっかけはなんだったんですか 田中 いやあ 高校を中退して 半年ぐらいブラブラしてたんですよ 苦笑 その時に テレコムがアニメーターを募集しているのを聞いて 宮崎さんのいるところなら行くしかない と思って応募したんですね 小黒 それが18歳の時 田中 ええ すでに宮崎さんはテレコムにはいなかったんですけどね もちろん 大塚康生さんや友永さんはいらっしゃいましたけど 小黒 結局 テレコムでは原画に上がられなかったんですよね 田中 もうそれどころじゃなくて 出社拒否状態で 馘になって辞めたんです 小黒 ええっ そうなんですか 田中 これは大塚さん自身もおっしゃってますけど 俺は6期生なんですけど その年は あまり具体的に教える事はしないという方針だったんですよ これは時効だと思うんで言っちゃいますけど 大塚さんは 課題を出された後で ぶらっと消えちゃうんです 笑 1週間が過ぎても現れなくて 出された課題はとっくに終わっているから 俺らは落書きしかする事がない それから1週間経って ようやく現れて それで課題を渡したら この課題に2週間かかっているようじゃ 君達ダメだね って言われて 笑 そんな感じだったので 動画の基本の タップ割も知らないし 合成伝票の書き方も知らなかったんです MIGHTY ORBOTS で初めて動画をやったんですけど 全部デッサン割したら もう 動きが ガタガタになっちゃって 小黒 テレコムでの同期はどなたなんですか 田中 あまり言いたくないんですけど 笑 世界の巨匠 貞本義行 です ずるいんですよね あの人は もう原画でバリバリ活躍してたのに 何で今さら動画の養成受けてるのかと 笑 実は2年前に前田 真宏 さんと一緒に試験に受かっているから 先輩達も さん 付けで呼ぶんですよね 小黒 その頃 すでに貞本さんは DAICON とかの修羅場をくぐり抜けていて 田中 しかも その頃 劇場作品の準備もしているところで 小黒 あっ オネアミスの翼 王立宇宙軍 の準備をしながら 養成受けてたんですか それはひどい 笑 田中 ええ 王立 はまだ企画段階だったけど 劇場版 マクロス の原画やりながら 動画の養成受けているんですよ その頃 俺らは NEMO のパイロット版の動画をやっていたんですけど とある原画をもらった時 こんな原画は中割できん ワイが直してやる って 貞本さんはその原画を直しちゃった事もありました でも 巧いから誰も文句が言えない って感じでしたね 笑 小黒 ええと 大塚さんが話してる有名な逸話があるじゃないですか 課題で貞本さんが 走る刑事のアクションをまず描いて 田中さんが ちくしょう 負けるか というんで それを追っかけている中年男の走りを描いた という 田中 いやいや それ 違いますよ 貞本さんが若者の走りを描いた時は 俺は少年の走りを描きましたから 課題が違うんですよ 歩きの課題の時に俺は 東京の地下鉄の通路を歩くオッサン を描いたんです 東京に来てびっくりしたのが 歩く人のスピードが凄い速かった事なんで それで歩きを 普通中5枚のところを中4枚で描いたんですよ それで走ってる印象になったのかな 実際はそんなもんです 笑 それが膨らんでそういう話になったんじゃないかなあ 小黒 そうだったんですか 田中 当時テレコムの新人でずば抜けていたのは 同期ではないんですけど 青山 浩之 さんって知ってます 小黒 たしか CYBERSIX で演出をやられた方ですよね 田中 今は STEAM BOY に参加してます 俺らの1期上なんですけど あの人が凄い天才だったんですよ 給湯室近くのゴミ箱に ある時 NEMO のラフ原画がどっさり捨ててあって 同期のマニアと これは近藤喜文さんだよね なんでこんな凄いの捨てちゃうんだろう って話していたら そこに柳沼 和良 君が通りかかって あ これ 青山のだよ 小黒 おおっ 田中 そのぐらい凄い ラフ原を見て ここまで動きが巧い奴がいるのか って びっくりしたのは 磯 光雄 君と 青山さんって感じですね 貞本さんは すでに 巨匠 だったし 歳も4つぐらい離れていたから ライバル視はしてなかったけど 青山さんは1歳しか違わないのに 到底及ばないレベルの画を描いていたので 悔しかったですね 小黒 柳沼さんは同期だったんですか 田中 いえ 柳沼君もひとつ上です とにかく その頃の新人の中では青山さんがずば抜けていて 5期のナンバー1が青山さんで 柳沼君がそれに次いで巧かった 柳沼君は なんて言うかな すげえ達者だったんスよね 一発描きでサラッと描く 動きも 凄いぶっとんだ動き描いてて 小黒 金井 次郎 さんは 同期じゃないんですか 田中 金井さんはテレコムじゃないんですよ 青山さんの机に行くと メモ帳にパラパラマンガが描いてあって 凄く巧いんだけど 3分の1ぐらいは別の人のなんですよ それがまた凄くって 訊いたら 俺の友達の金井のだ と 俺も福岡でパラパラマンガを必死にやってたんで 自信があったんですけど もう全然レベルが違う 自分より上のパラパラマンガ家がいたというのがショックだった 2人とも 画もムチャムチャ巧いですしね 小黒 ルパン三世 のスペシャルで金井さんの担当カットを観た事があるんですけど 旧ルパン と 新ルパン をミックスしたような絵柄で さらに凄く形をリアルをとらえていて 驚いた事がありますよ 田中 そうそう 今では きれいに物を立体として捉えて描く原画ってそんなに珍しくないけれど 金井さんは当時からきっちり立体で描いていた 小黒 で えーと 田中さんはテレコムを出社拒否で辞めて 田中 ははっ 笑 小黒 本当に出社拒否なんですか 田中 要は行かなくなって 馘を言い渡されて なんかずーっと動画やらされてるじゃないですか やってるのも合作ばかりで もう 好きになれない 当時テレコムは上が詰まっててて あと何年動画をやったところで絶対原画にはなれない雰囲気があったもんで 希望が持てなくなったんですかね あと俺 テレコム時代に画が描けなくなってたんですよ なんかもう 描き方がよく分かんなくなってきて テレコムを辞めた後に 王立 に参加する事になっていたんですけど それも1週間ぐらいで辞めちゃって 田中はテレコムでダメになった と貞本さんに言われたりして その後 2年ぐらい 製本所やらゲーセンやらでバイトしてたんです その頃 もうアニメは向いていないのかな と思って ひたすらマンガを描いて投稿してました 小黒 その頃のイラストは どんな画風なんですか 田中 これに載ってる 20歳ぐらいのやつっていうのが CANNABIS WORKS P128 129 ちょうどテレコム辞めた直後ぐらいに描いたものですかね 大友調を抜こうと意識していたんですよ これでも テレコムに入る前にマンガ描いてた事もあって 画がイラスト寄りになっちゃって 原画描くのに向いていない画になってたんですよね 特にテレコムって 線が細くて細かいタッチが入るような画とは対極の画風でしょう 自分としては シルエットの捕え方とか構図とか 大友さんと宮崎さんの画風って凄く似てると思っていて 俺の中ではつながっているんですけど ただ 原画や動画の表現上でのテクニックとしてはまったく逆なんですよね それで 自分の中で バランスがとれなくなっちゃった 自分としては どういうスタイルにすればいいのか 凄く悩んでいた時期ですね それに当時マンガ界はヘタウマ全盛期で 小黒 ああ なるほど ちょうどあの頃ですね 田中 テクニックを表面に出しているようなものは否定されがちな時代だったから 世間を意識して マンガをやるんならそんな 大友調の 画は描けないよな って思い込んでいて かなりしんどい時期でした 小黒 その後で AKIRA に参加されるんですね 田中 そうですね アキラ アーカイヴ では 井上 俊之 さんが 俺が自分で持ち込みをした みたいにおっしゃっていたけど 実際にはちょっと違うんです 小黒 と言うと 田中 ちょうどその頃 柳沼君と一緒に住んでいたんですけど AKIRA やりたいなあ でも動画しかやった事ないし ダメだよな といじけていたんですよ そうしたら 柳沼君が とある作品で誰だかが描いた原画を段ボール1箱分持ってきて 何かな と思ったら それがあまり巧くない人の原画で それで柳沼君が お前なあ って こいつが AKIRA に誘われてんだ こいつより下手な原画が描けるのか お前は って言うんですよ お前は絶対 AKIRA やんなきゃダメだ と説得されまして 小黒 おおー 田中 じゃあ

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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    先輩の原画マンが 北斗の拳 や 魅 男塾 をやっていて 僕は 動画は 男塾 が一番最初ですね 初めて原画に上げさせてもらったのが かりあげクン 小黒 かりあげクン ですか 中村 ええ 一番楽しかった 小黒 あ そうなんですか それは何故ですか 中村 チーフディレクターが芝田浩樹さんだったんですが 僕が こんな事をやったら ダメ出しをくらうよな と思うような事をやっても あ どんどんやって下さい みたいな感じで返ってくるんです 小黒 遊べる作品だったんですね 中村 ええ あ こんな事まで許されるんだ と思いながらやって そこで初めて ああ アニメは面白いなあ と思って 小黒 へえ でも かりあげクン だと 遊ぶ と言っても ずっこけポーズが派手になるとか そのくらいでは 中村 いや 意外とアクションしてますよ 小黒 そうなんですか じゃあ その時かなり実験とか出来たわけですね 中村 実験とかではないですけど コンテの内容に一 二ネタ加えたり 例えば かりあげ達が健康食品の営業で ノルマがこなせず売るために走りまわってると 自分達が健康になってしまったというオチで コンテでは腕立て伏せ等をして 健康 元気 になったという表現を適当にやってくれとか その程度の指示だったんですけれども 踊るほど元気というつもりでツイストさせてみたところ 声優さんも結構ノリノリで声をあててくれました 笑 小黒 その後は ゲッターロボ號 をやって 號 の頃の他のお仕事は 中村 もーれつア太郎 新 とか きんぎょ注意報 とか ギャグものの仕事をやる事が多くて 自分からやりたいと言ったわけではなく これやってくれ と言われた仕事をどんどんこなしてたという感じで 小黒 ア太郎 で 幾原 邦彦 さんと組んだ回はないですか 中村 ア太郎 で あったかなあ 幾原さんが演出をした回かどうかは分かりませんが ブタを虐めてるオヤジがいて ブタが仕返しに その膝小僧かなんかをバンッと蹴るんですよ で 作画で蹴られた膝に勝手なオリジナルキャラを2人 乗せてみたんです 笑 カメラが俯瞰でアップまで寄ってキャラクターをしっかり見せといて あおりでアウトさせて 今なら そんな事は考えられないですけど 小黒 そのオリジナルキャラクターって 膝にいるんですか 中村 膝の上に乗ってるんですよ 小黒 小人ですか 中村 小人ですね 笑 まあ ア太郎 に沿った感じのキャラクターで 小黒 そのブタが虐められる回っていうのは あの例のメスブタが出てきて それが恋人と引き離されるという 結構泣けるやつですよね 中村 そうです そうです 小黒 それが幾原さんのやつですよ 2本目かな 27話B ブタだって恋をしたい 中村 あ あれも幾原さんでしたっけ 幾原さんだったから ああいう遊びもOKしてくれたのかなあ 小黒 なるほどなるほど そういったギャグものをやっていた時期があるわけですね 中村 そうですね きんぎょ注意報 もやってたし メカをやったのは 勇者 エクスカイザー の後半辺りで何カットかやったのが初めてで それから 太陽の勇者 ファイバード に入って それから半年ぐらいして その会社を辞めたんです 小黒 なるほど で テッカマンブレード に参加ですね 最初は原画で入って 途中からメカ作監になるわけですね ブレード はいかがでしたか 中村 楽しかったです 小黒 この時のお仕事は ディテール重視ですよね アクションもやっているけれど むしろメカを描き込む方に気持ちが 中村 気持ちが行ってますね あ よく見てますね 笑 そうですね その当時はそうでしたね でも 最後の方は メカキャラ アクション みたいな感じにしているんですよ あの作品って メカと言っても人間っぽいじゃないですか そこで キャラアクションみたいな感じでバリバリ動かしてみたんです 小黒 それは ブレードII の方ですね II も1期と2期がありますよね 中村 ブレードII の第2期の方がそうでしたね II の2話で オグロ アキラ さんがテッカマンをキャラアクションっぽく動かしていたんですよ 自分はそれまでテッカマンを人間が装甲を着ている感覚で作画してたんですけど オグロさんはそれも肉体として表現されてて 2話以降と比べてみてもらうと分かるんですけど 1話はかなりデブテッカマンになってます よくメカデザインの佐山さんから設定無視するなーっと叱られてました 笑 ブレードI で印象的なのは やはりさとうけいいちさん オグロさんの話数ですね いつも度肝を抜かされてました あのレベルを追っかけて10Kmくらい近づいたかなーと思っても即座に10万光年突き放され あ ゲッター の時もそーでした 凄い人達です ブレードII の方は やはりオグロさんに手伝っていただいたのと 木崎 文智 さんや巧い方に参加していただいた事が大きかったですね 小黒 テッカマンブレード で佐野 浩敏 さんも参加してる話もありましたよね 41話 エビル 蘇る悪魔 中村 あ そうそう あの話数で全部 持ってかれちゃいましたね 笑 83 機動戦士ガンダム 0083 STARDUST MEMORY の錚々たるメンバー そして佐野さん作監 小黒 話は前後しますが テッカマンブレード では 基本的には大張さんの作画を意識してやられていたわけですね 中村 大張さん さとうさん オグロさんの系統を意識していたと思います 佐野さん達がやられた回を観て ああ こういう描き方もあるんだ と思って そのテイストも取り入れようとしたんです 小黒 中村さんは 83 には 参加していないんですね それを観て かっちょいいー と思われたわけですね 中村 ええ かっちょいいー と 笑 あんな風に動かしてみたい と思って だけど 動かせなかったー みたいな感じですね 小黒 傾向違いますからねえ 中村 全然違いますよね 南 あれ 83 やってたでしょ 中村 僕はやってないですよ 南 そうだっけ 中村 南 雅彦 さんの作品をやったのは Gガン 機動武闘伝 Gガンダム が初めてです 南 ああ そうだったか 笑 小黒 じゃあ テッカマン の後の94年は Gガン 以外には 何を 中村 その時には 今所属しているアニメToroToroという会社に入って NINKU とかをちょこちょこっと 小黒 ああ NINKU ですね あの雷鳴拳の回 第21話 地獄の洞くつ をやってますよね 中村 雷鳴拳ですか 小黒 ええ 手からスパークを出すんですよ 前後編の前編です 中村 ToroToroの回でしたっけ 小黒 そうです 中村さんの名前も出ていて かなり派手なアクションがあるんですけど 中村 それは覚えてないなあ 自分がやったので覚えているのは 玄武とかいう男の昔話みたいなところです そこが自分では気に入ってたんですけど 編注 第27話 風水の谷 Bパートの最後 これもなかなかキてます 小黒 Gガンダム は どこをやってるんですか 中村 1話の必殺技と 最終回の必殺技 小黒 はっきりしてますね 笑 最終回の必殺技って ドモンとレインが2人でこう 中村 踊ってるところです 小黒 あ あそこがそうなんですか 2人が踊って技 石破ラブラブ天驚拳 を放つところ 中村 ええ それで 王様 キング オブ ハート がボーンと出てくる 小黒 あ 王様もそうなんですか そりゃ凄い あれは印象的ですよね 中村 そうですか 笑 小黒 あの えらく立体的な王様ですよね 中村 そうです 突然ハートの中から ポンッと出てくる 勿論 あれを出すのは今川 泰宏 監督のアイデアでした Gガン の1話以降 観れてない話数も多かったので作品のテイストにのれてなかったっていうのもあって 王様を出そう って言われた時には 本気か と思いましたけど 笑 小黒 多分 読者も気になるところだと思うので 詳しく教えてください 最終回の担当はどこからですか 中村 ドモンが口上を始める所ですね 2人のこの手が真っ赤に燃える とか言って 俺がレイアウトを切って 工原 しげき さんに半分ぐらい原画を手伝ってもらったんですよ 工原さんには大体キャラをやっていただいて 小黒 で 王様が飛び出る所まで 中村 王様が飛び出て ボーンと爆発するところまでですね 小黒 はあはあ それは凄い 誰が描いているのかずっと気になっていたんですよ 中村 笑 小黒 1話は技を決めるとこだけですか 中村 決める前後の10数カットをやったのかな 小黒 それは その後バンクになっているんですね 中村 南PDに 所々なってましたよね 南 うん 所々なってた シャイニングフィンガーね 中村 そうだ シャイニングフィンガーです 技に関する 設定があったわけではないので考えて描きましたね 南 あの関智一の芝居を作ったのは彼なんですよ 小黒 へえ 中村 笑 そうなんですか 小黒 あれですか 俺のぉ この手がぁ って 南 うん 画の方が そう言わないと入らないような芝居になっているから 関君も当時は新人だったから どう付けりゃいいんだろうか と悩みながらやっていたよ 中村 あ そんな裏話があったんですか 南 そう その後 みんなそれに合わせて描いていくうちに どんどんエスカレートしてって ああいうオーバーな芝居になっていったんだよね 中村 いやあ それは良い事じゃないですか 笑 南 笑 小黒 じゃあ この頃はメカアニメーターとしてバリバリやってるわけですね 勇者シリーズはどこまでやっておられるんですか 中村 ファイバード までですね 小黒 Gガンダム の次は MS小隊 機動戦士ガンダム第08MS小隊 になるんですか 中村 いえ あれはちょっと手伝っただけなんです 3カットか4カットだけ Gガンダム の後って何やってたんだっけ

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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    笑 ここは俺を受け入れてくれた ありがてえ 名前は知らなかった会社だけど 入れてもらおう と 笑 小黒 そんなこんなで アニメの道を歩み始めたわけですね 西尾 ええ まあ 動画はヘタクソでしたよ 笑 早く原画になりたかったんでね 動画時代は とっとと早く枚数を稼いでアピールしようとしていて 荒い仕事をしていました 多分 動画チェックの人にはあまり いい顔されてなかったんじゃないですかね 小黒 それなら原画デビューした時は嬉しかったでしょうね 西尾 天職だと思いました いや 天職っていう程でもないか 苦笑 小黒 かなり張り切って描いていたわけですね 西尾 ええ そういうのを自分で分析して語るのもちょっと難しいんですけど まあ 人に言わすと 当時自分が描いたのは 拙いなりに動かしたい欲求が満ち溢れていた原画だった と そう言ってくれる人もいましたけど 小黒 原画デビューした頃には こういうアニメーターになりたいぞ という姿が見えてきているんですね 西尾 そうですね もう 御先祖様 万々歳 を観た時のショックたるや 小黒 うつのみや さとる ショックですね 御先祖様 を観たのは上京してからですか 西尾 多分 1巻だけは田舎にいる時に観ていますね 貧乏な動画時代だからレンタルビデオも満足に借りられずに 会社の先輩から 全部持ってるよ と言われて やっと全話通して観られたのかな その時に コレだ なんて スゴいんだ と 笑 小黒 分かりやすい展開ですね 笑 それで うつのみや作画に傾倒していったわけですね 西尾さんが動き系じゃない方向に行く可能性もあったんですか 西尾 いや 動き系ではあっただろうと思います 小黒 同じ動き系でも 例えば金田系にいく可能性があったとか 西尾 例えばそういう感じですよね 金田系を模索していた時期もありました 小黒 あったんですね 笑 それはアマチュア時代に 西尾 アマチュア時代もそうですし 原画になってからもです さすがに金田さんのポーズをそのまま描くワケじゃなくて タイミングに関して生理的に気持ちいいところを探るような事はしてみました ただ 御先祖様 ショックは 他とは比較にならないくらい大きかったですよ 筆舌に尽くしがたい程のショックでした 小黒 具体的には 何がショックだったんですか 西尾 よく言われる事ですけど 全てを画で描けているという事ですよね 小黒 動きを 西尾 動きもですし キャラクターのポーズから水なんかのエフェクトに至るまで全て描けている 撮影処理や ブラシでごまかしているんじゃなくて とにかく線で描けるものは全部描いている 小黒 しかも 描き切っている 西尾 描き切っている 難しいポーズも難なく描いているように見える 素晴らしい 小黒 御先祖様 については カッコイイと思ったんですか それともリアルだと思ったんですか 西尾 自分はリアルだと思ったクチですね その頃は 暇さえあれば いらなくなった動画用紙の裏に 御先祖様 のキャラクターの似顔絵を描いてました 笑 小黒 これもよく言われている事だと思うんですが 御先祖様 の初めと終わりで うつのみやさんの仕事ぶりも変わってきていますよね 最初の頃と終わりの頃 どちらが好きなんですか 西尾 後の方ですね やはり 段々 技術的に 上がっていった方が より洗練されていますから 凄いなあ と思って観てました ねえ 凄いとしか言いようがないんですよ 笑 小黒 さすがに 丸出だめ夫 なんかで その影響を受けたような作画はやっていないんですよね 西尾 うん さすがにね 笑 まだ 原画を教わっている時期だったんでね 小黒 幽 遊 白書 の14話 迷宮城の四聖獣 霊界への挑戦 でナイフを持った不良が出てきて 幽助達に絡むシーンがあるんですよ あそこは西尾さんですよね 西尾 そうですね 小黒 あそこで不良の身体が ちょっと揺れてますよね 西尾 やっていますね バカですよね 苦笑 あの辺は THE 八犬伝 ショックですよ あの頃から比較的 演出のうえだ しげる さんも作監の榎本 明広 さんも任せてくれるようになっていたので 多少思ったように描けるようになっていたんです 幽 遊 白書 自体 シリーズを通して そういった作画的な盛り上がりが起こりつつあった時期でしたね 小黒 すでにあの頃に起こりつつあったんですね 幽 遊 白書 は初めの方を観ると かなり大人しいアニメですが 西尾 そうそう 最初は 3000枚で作れ と言われていた作品でしたから 小黒 うつのみやさんとの出会いは この後でうかがうとして この頃 他には印象的な出会いはありますか 西尾 そうですね この時期から 打ち合わせでぴえろに顔を出すようになったんですよ それまではアニメスポットだけで仕事をしてたんです それで 演出の新房 昭之 さんや 作画の吉原正行 西田寛治なんかと顔見知りになったりして 色々意見交換したり お互いを意識し合ったりもしましたね 小黒 新房さんは 若林 厚史 さん達と組む事が多かったですよね 西尾 そうですね 新房演出 若林作監回が ウチの回のライバルでしたから あそこがここまでやりやがった みたいに思っていました 小黒 最初にスパークし始めたのが あのチームですものね 最初の武術会とかね 西尾 ええ その頃は歯がみしてましたよ キーッ 悔しい って 笑 小黒 幽 遊 白書 の劇場版第1作はどうですか 西尾 1作目 どこをやったかなあ 小黒 あそこじゃないですか 幽助と桑原が林の中で 蔦を使う敵に襲われて 蔵馬と飛影が助けにくるところ 西尾 ああ そうですそうです あれはイヤらしい下心があったんですよ 蔵馬と飛影という女の子達に人気のあるキャラクターが大活躍するシーンじゃないですか ここを是非やらせてください と言って ここは女の子達に注目度高いだろう みたいな 爆笑 小黒 笑 描いてみて何かいい事ありました 西尾 ないです 笑 小黒 ま それはさておき この頃だと かなり充実した仕事ぶりではないかと 西尾 そうですね 幽 遊 白書 のスポットの回は 途中から会社の方の都合 で コンテ 作監の榎本さんと演出のうえださんと 原画の俺の3人だけになったん ですよ 小黒 原画のクレジットが2枚のうち 1枚目に西尾さんの名前だけが出ている時期がありましたよね 西尾 そうです 半パートの原画をアニメスポットとしてやっていたんです それで外注で井上敦子さんに入ってもらったりして 小黒 その頃は 何カットくらい描いていたんですか 西尾 毎回70 80カットくらいは描いていましたよ 小黒 幻海が美形キャラと戦う話があったじゃないですか 第49話 残された力 幻海の死闘 人魂みたいなエフェクトが出て 人を喰っちゃうところがあるんですが あれも西尾さんの原画ですか 西尾 そうです 小黒 ああいうエフェクトも描くんですね ヌルヌル系の 西尾 ええ 笑 まあ あそこら辺も 八犬伝 ショックですよね 八犬伝 を観ながら描いていたような気がします 小黒 笑 西尾 幽 遊 白書 の中では あの回がいちばん上手くいった回なんじゃないかなあ よっしゃ この勢いで次の話数を と思ってやったのが 次の リストを見ながら 56話 決死の蔵馬 最後の手段 か 56話はすごいエンジンを回してやったんだけど ちょっと空回りした感じでしたね 笑 小黒 これは蔵馬が 戸愚呂の仲間 鴉 と戦う話ですよね Bパートの前半を担当ですか 西尾 そうですね AパートのラストとBパートのアクションシーンをやっています この頃になると6000 7000枚使っていたかもしれません なし崩しに 枚数が 増えていましたよ 小黒 アクションシーンで枚数を使うのならまだしも 日常芝居で観客なんかが異様に動いていたりするんですよね 西尾 もう この頃は気が狂ってましたね 笑 リストを見ながら 58話かな 飛影が炎殺黒龍波を撃つ 上妻 晋作 さんが沢山原画をやっている回 究極奥義 ほえろ黒龍波 があるんですよ 小黒 ええ ファンの間で話題になった回ですね 西尾 あれはインパクトが強かったですよね 小黒 作画が炸裂しまくった回ですよね 西尾 そうです そうです 笑 それを観て もういてもたってもいられずにやったのが 62話なんです 戸愚呂100 の恐怖 それほど派手ではないですけど 自分が参加した中でいちばん枚数が多かったと思います 小黒 戸愚呂の身体が1回細くなって 本当の力を見せてやる と言って モリモリモリと逞しくなる話ですよね 西尾 モリモリモリが井上敦子さんですね その後で 指パッチンで攻撃するあたりが俺です 煙を延々リピートなしで描いたもんだから枚数くってるんです 笑 小黒 次の70話 恐るべき真実 新たな謎 は もう 魔界の扉編 に入っていますよね 西尾 そうですね この頃は もうテンションが大分下がってます 笑 ちょっと 幽白 に飽き出しています 小黒 笑 この時にお描きになっているのは人物芝居ですよね そもそもアクションがない回ですし 西尾 キャラが動けない回なんですよね 小黒 幽助が動きを封じられて 西尾 そうそう 延々 並んで喋っているだけなんです この回 そんなに動いてないのに アフレコ時に 随分ラフ原を出してしまって 怒られた思い出があります リストを見つつ ああ そうか 長編 幽 遊 白書 冥界死闘篇 炎の絆 の方の作監補みたいな事をやって その次に70話になったのかな 小黒 幽白 の長編は作監が大勢いたんですよね 西尾 あれは アニメーターを 大勢掻き集めていましたよ 小黒 原画マンが豪華でしたよね 普段はぴえろでやっていないような人まで参加していて 西尾 そうそう 笑 金田さんもやっていますね 小黒 ご自身でまとめてやったところはあるんですか 西尾 ここだ というところはないです テロップでは作監になっていますが 実際には拙い原画を描き直すみたいな感じでしたね 小黒 で 話を戻すと この時期はうつのみやさんの影響が非常に強いわけですね 西尾 この頃は 全面的にうつのみやさんリスペクトでした 小黒 実際にうつのみやさんに会ったのはいつになるんですか 西尾 うつのみやさんが 走れ メロス を終えた頃なので 幽白 の途中かな 一時期 スポットにうつのみやさんが入られて作業をしていたんですよ 小黒 幽白 でうつのみやさんが原画を描いているのは26話ですよね 西尾 19話でも描いてますよ

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