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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    そうだな 俺は アニメーターになってから驚いたんだ 詳しい事は覚えてないけど 片親 の家庭で育った人 とか サラリーマンの息子とかが多かった 俺みたいな 結構硬派で運動もやったりしてアニメーターになったのは 経歴としては珍しいかもな 異色でしょうね 木村 うん だから俺 なんとなく知らない人から見ればアニメーターに見えないでしょ 見るからにさ アニメーターだとモヤシみたいのが多いでしょ 俺が描いたから タイガーマスク ができたんだよ 運動は何やってたんですか 木村 サッカー 柔道 陸上 それに砲丸投げなんかもやっていたよ 砲丸投げですか 笑 木村 全国大会に行くようなレベルではなかったけれど ひととおり なんでもやったよ お父さんとお母さんは いずれ木村さんに家を継いでもらいたいって思ってらしたんでしょうか 木村 いやいや だって俺は長男じゃないから 家族構成は 木村 子供が6 7人いたんじゃないか 木村さんは上から何番目なんですか 木村 俺は4番目か5番目だよ 正確に数えればわかるけど そうなんですか 木村圭 一 郎だから 一番上かと 木村 実家は 戦後に呉服屋をやめて お茶屋になったんだよ で 俺がアニメーターになった後に 木村園の息子さんは 東京でヤクザをやってる って噂がたってさ 笑 そのうちに 活気づく東映動画 なんて見出しで 読売新聞 の夕刊に 石森 章太郎 と打ち合わせをしている写真がどーんと載ったわけよ そしたらお袋が喜んじゃってさ それを切り抜いて お店に来る客に見せびらかしていたよ それで サイボーグ009 の劇場版を 実家のある 群馬の沼田でやった時に 作画監督 木村圭市郎 って名前が出て ああ ヤクザじゃないんだ ってみんなが思ったなんて そんな笑い話あるよ 笑 それで 高校卒業後に東映動画ですか 木村 芸大の油画科を受けたんだけどね 一次試験は受かったけれど 二次で落っこっちゃってさ それからは青学とか学習院なんか受けたけど そっちも落っこっちゃったんだ それで浪人してる時に東映動画の募集があると知って そこに入ったんだよ 地元の先輩だった楠部 大吉郎 さんに誘われたというわけじゃないんですね 木村 いや 一応 楠部さんが保証人っていう感じだった 面接の時に 絵を描くタイプじゃないなあ なんて言われて それで いや タイプで描くんじゃないから とか言って 笑 その時には大勢 試験を受けにきていたけど 入れたんだよ 俺の同期は 我妻 宏 とか それから永樹凡人とか知ってる 知ってますよ ハテナプロを作った人ですかね 木村 うん ハテナ よく知ってんね それと羽根章悦とかさ もう一回確認します 楠部さんに声かけられて その募集があるのを知ったんですか 木村 俺の方から 入りたい って言ってたんだよ 本当は俺 映画監督になりたかったんだ たまたま知り合いが新東宝にいてさ 泣いてたまるか とか TV映画の監督をよくやっていた高橋繁男っていうんだ その人は沼田の映画館の息子でさ 新東宝で助監督やっていたんで その人に入りたいって頼んだんだ そうしたら 映画はこれからは斜陽だから アニメの方がいいんじゃないか って言われてさ それで先輩の楠部大吉郎が東映にいたから 入りたい って言ったんだ それで 不定期採用の募集があった時に 試験を受けたわけよ 楠部大吉郎さんは同郷で 同じ学校だったんですか 木村 そう 高校の先輩だよね で 今のシンエイ動画の社長の楠部三吉郎は 俺の同級生だよ それで東映動画に入ったのはいいけれど 入ってみたら給料が安くて 一日でなくなっちゃうくらいで これは人並みに食っていけないんじゃないかって だいぶ悩んだけどね どうしてたんですか 木村 親の仕送りだよ ずっと 臑かじりだった 木村さんが入った時は 劇場作品のための採用だったんですか 木村 その頃は 劇場しかなかった まだ TVアニメなんてのはなかったんだから それからしばらく経って 狼少年ケン や 風のフジ丸 が始まって 風のフジ丸 の時に俺 原画を描き出したんだけどね 師匠と呼べる方はいますか 木村 やっぱり楠部 大吉郎 さんだな 当時は斑があって 俺は楠部さんの班にいたんだ 大塚 康生 さんは別の斑だった 楠部さんに 俺 将来性がないからやめようと思うんだけど なんて言っていたら 大塚さんがやってきて 木村さんの動画は 単純中割りをしてないから 原画の素質がある だからもうちょっと頑張った方がいいよ なんて言ってくれて 三根山って群馬出身の相撲取りがいたんだよ その三根山が座右の銘に大事にしてた言葉でさ 失意泰然 得意冷然 ただこれ精進 っていうのがあったんだ それを楠部さんが紙に書いてくれてたんだ 俺も ああ いい言葉ですねえ なんて言ってね 机のところに貼っておいたんだよ そしたら大塚さんが来てさ 大塚さんは休み時間になると 茶碗にお茶を淹れてふらふらとスタジオの中歩き回ってるからさ 班は違うけど 俺のとこにもよく将棋指しにきてたしね 大塚さんが 何これ って言うから 楠部さんに書いてもらったんだ って答えたんだ そしたら 何だよ 大げさに 笑っちゃうよ なんて言っていた 大塚さんはそういうタイプだからさ 大塚さんには凄い影響を受けたよ 俺が原画描いてると 大塚さんがきて これはこういう感じだよ とかちょこちょこ描いてくれてさ それを見て これは楠部さんとは違うな と思った 大塚さんが ちょっとどいて と言って描いているのを 俺は後ろで見ててさ なるほどね って感心するとさ 大塚さんが ちょっとあんた 声がでかいよ とか言って照れちゃってさ 笑 俺は 教わり上手だったんだ それは今でもスタッフに言うよ ポケットに手突っ込んだりして話を聞いてられたら 俺は 教わる態度じゃない って 怒鳴り飛ばすからね 教わったら必ず どうも とかさ ありがとうございます だよ これはマナーだからさ 今 そんなのも言えないやつが多いよ 直されると不満みたいでさ 俺は先天的に教わり上手なんだね 大塚さんも ちょっとオーバーだなあ とか言いながら 照れながら知ってることを目いっぱい教えてくれたよ だからずいぶんと大塚さんの影響は受けたね 楠部さんよりも 大塚さんの影響の方が大きいんじゃないかな 楠部さんと大塚さんは 木村さんから見てかなりタイプが違うんですか 木村 全然違うよ 大塚さんは自然体だよね 楠部さんはどこか観念的に描いてる だから フジ丸の立ちポーズにしても 楠部さんが描くのは 両手を広げて踏ん張っているような左右対称のポーズなんだ 大塚さんは どっちか片方に重心があったりするんだ それを大塚さんは こういう方が次のポーズに移りやすいんだ って言っていたよ そういう部分でも影響を受けているな 楠部さんも大塚さんもアクションが得意だったんですよね 木村 だけど 随分違ったよ 楠部さんのは重たい感じで 大塚さんの方が軽快だった フジ丸がジャンプするみたいなアクションでも 楠部さんのはポーズが堅くて

    Original URL path: http://www.style.fm/as/01_talk/kimura01.shtml (2016-02-17)
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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    久保田 人とか中のノリとか 今石 それは俺も思ったな 意外と普通の会社ではある 久保田 そうですね 今石 たぶん ふしぎの海の ナディア の頃とか 王立 オネアミスの翼 王立宇宙軍 の頃は相当濃かったと思うんだよね ほんとに 常軌を逸してたと思うんだけど みんなが摩砂雪さん とかそんな感じね 今石 そうそう 平松 みんなが摩砂雪さん か 笑 久保田 凄すぎる 笑 今石 摩砂雪さんがもう4 5人いるようなもんだと思うんだよね そうだとすると凄いだろうなって 今後はどんな風な仕事をしていきたいと思っていますか 久保田 うーん まあ 動かすのが好きなんで たくさん動かせるアニメをやっていきたいです ガイナにいると興味のある仕事が色々できるんで その点はストレスなくというか 毎回毎回楽しく取り組んでいます 平松さんから何か 平松 自分がやる作品は ガイナとしては地味になりやすいので いつもどこを振ろうかなって考えるんだけど でも 彼みたいにアクションを振りたい人がいると非常に心強いです 今石さんはどうですか 今石 こういう人が1人いると コンテで大変なシーンを描いても こいつに描かせてりゃ大丈夫だろ と思えるかな 平松 ああ なるほどね 笑 話は前後するけど アベノ の3話でタコハイを描いたの誰 今石 あ 彼ですよ あれは注文なしです それは分かっているね 今石 分かってますね しかもあの戦闘機の下にVF 1Aの頭がついているんですよ 設定には下向きの設定ってないんです 彼が勝手に描いてる 勝手に頭をつけた 笑 今石 頭をつけてきて 回転もする 久保田 もしかしたら変形するかもしれないと思って 今石 笑 板野さんにはいつハマったの 久保田 高校の時に板野さんにハマって 中学時代には大張さんだったんですね 逆進化をとげてるんだ 今石 そんなに大張さんにハマったの 久保田 そうですね パラパラ漫画で 大張さんのタイミングを結構研究してたんですけど でも 大張さんって 若い頃から活躍してたじゃないですか 僕は 勇者シリーズ 以降の大張さんしか知らないんです 笑 ああー なるほど 久保田 高校1 2年ぐらいの時に マクロス7 が放映されたり MACROSS PLUS が発売されたりして ちょっと マクロス が流行ったんです まあ流行ったのは自分の中だけで クラスでは流行ってないですけど 一同 笑 久保田 それで板野さんの名前を知って 前の マクロス のビデオをレンタル屋で借りてきたり その関係で後藤雅巳さんにもハマって ミサイル好きになった 高校時代のパラパラ漫画はほとんどミサイルなんですよ 今石 素晴らしい 逸材ですね 笑 PROFILE すしお SUSHIO 1976年11月5日生まれ 東京都出身 血液型B型 代々木アニメーション学院を経て ガイナックス 石崎寿夫 石崎すしお名義での仕事もあり 彼氏彼女の事情 フリクリ 等に原画で参加 まほろまてぃっく automatic Maiden 4話で初めて作画監督を務める おジャ魔女どれみ シリーズ等 東映アニメーション作品への参加も多い すしおさんと言えば ガイナックスの若手の中でいちばん話題になる事が多いと思うんですけど 今石 そうですね 平松 版権 アニメージュ2002年1月号 を取り出して まほろ だと こういうイメージが多いよね 今石 夕日 平松 夕日系だよね 今石 すしおのツボはこの辺なの すしお そうですね 今石 この版権は 貿易センタービルが崩れた後で 事件の写真を見ながら描いてたよね 平松 よくあの直後にこれをやるなと思った すしお 我慢できなかったんです 平松 我慢できなかったのか 笑 カレカノ 彼氏彼女の事情 3話が初原画だっけ すしお そうですね いや ジェネレイター ガウル が先です ガウル の3話 彼は ガイナックス生え抜きなの 今石 ガイナに入って ガイナで動画と原画やって 平松 カレカノ の時は 勝手にやってたよね 俺はあんま直した記憶がない レイアウトは直したけど すしお そうでしたっけ はは よく分かんないっす カレカノ でのすしおさんの代表的なカットってどこになるの 今石 カレカノ の時は 彼はめちゃめちゃ動くところをやっていたわけじゃないですね むしろ その後の方が すしお 原画を三日三晩やってみるまでは あんまり仕事に興味なくて 小さな巨人 ミクロマン で今石さんの ミクロパワー全開 でしたっけ 走ってきて空中で変形するカット あれを見てから なんか動かすの楽しいかもと思い始めて 色んな動きを研究し始めたんです 一同 ええ そんなに最近なの すしお それまで ほんとにキャラにしか興味なくて 業界入るまでに知ってたアニメーターっていうと中沢一登さんと本田雄さん なるほど それも中沢さんや本田さんの動きのところじゃなくて すしお 画です 版権とか ああ なんてかわいい画だ と思って なんか 平松 カレカノ のあの 版権やばかったよね すしお あはははははは 今石 きたねー 一同 笑 すしお やばいっすねー 今石 かなり版権を描いてたんだよね カレカノ の時 すしお 相当愛情込めてたんすけどね 平松 こう本人が凄く燃えてるから 突っ込みたくなっちゃう 笑 似てたんですか 平松 あまり似てはいなかった エッチだったんですか 平松 どっちかっていうと可愛い アイテムとか凄い描き込むのは当時から好きだったな 部屋の中のクッションとか 机の上の小物とか凄いいっぱい描いてて すしお そういうところだけは 一所懸命なんですよ 平松 あの頃の事を考えると 今の成長の仕方は凄いと思う 今石 それはそうですね 平松 昨日描いた画が嫌になるタイプだよね そうでもない すしお あ 結構長持ちしますよ 平松 あ ホントに すしお 描いてから一週間くらいは調子こくんですよ いいの描いちゃったよー 今石さん見てくださいこれ いいっすよねー みたいにやってるんだけど 一週間後くらいに 俺はなんて事してしまったんだー って 平松 なるほど 今石 見てて面白いですよね 一同 笑 すしお 千羽 由利子 さんがインタビューで 自分の画の賞味期限が2日ないとか言ってたじゃないですか だから巧くなるのが早いんだなあ とか思って 一同 笑 すしお 俺は1週間とか1ヶ月とか天狗でいるから なかなか巧くならない 平松 なるほどね その天狗期間にポンと言って へこませるのが楽しいんだ 叩き甲斐のあるキャラ 今石 一言 キツイ事を言ったら辞めちゃうんじゃないか という人もいるわけじゃないですか そういうのに比べると 平松 彼は次に 叩いただけの事はある仕事をしてくれるから すしお 結構ダメ出しされるのは好きなんですよ 前は 鶴巻さんが結構ダメ出ししてくれたんですけど 引っ越しして 机の配置が変わってから あんまし誰も言ってきてくれなくなっちゃって すしおさんの代表作というと おジャ魔女どれみ のオープニングですかね すしお あれは鶴巻さんに いつも動画みたいな原画を描いてる って言われたんで なるべく動画が入らないような原画を描いてみようと思って描いたんです 動画みたいっていうのは すしお 動画の仕事の分の画まで 原画を描いちゃってる あ なるほどなるほど 枚数をいっぱい描いてるんだけど 少ない原画と中割でも再現できる動きだったんだ すしお そうそう 全く意味ないよ って言われて 一同 笑 すしお それでなるべく動画的な画のない原画を描いてみたんです のオープニングはどこら辺を すしお えーと タイトルが出た後 タップがくるくる回ってそこに音符がハマってって で どれみ達が変身するところとその後のカットまでですね その後が今石さんの原画ね も っと おジャ魔女どれみ はアイキャッチもやられたとか すしお アイキャッチはやりましたね ネット上で ドドがかわいくない って言われて 凄いショックだった 一同 笑 すしお 俺 ドドがやりたくて どれみ やってたのに いっちばん情熱込めたところだったのに ドドがかわいくない って言われて がびーん 他に すしおさんの仕事というと 今石 そうですねー やっぱり ミクロマン あたりから弾けてきたなあ 爆発とか楽しんで描くようになったのも ミクロマン あたりからですね すしお そうスね 今石 て言うか カレカノ は爆発なんかなかったですからね そういう うっぷんは やっぱり僕だけでなく みんな溜まってたから ロボットとか爆発とかそんなんばっかりのやろうという事でやったのが ミクロマン だったから それでまあ やらしてみたら面白いほどいっぱい原画を描いてきた 26話 満月の恐怖 悪の手先ロボットマンA だとどこをやってるの 今石 26話だと Aパートの方で基地がどーんと爆発して パソコンやトイレが火吹くところ ああ あの爆発の前に便器が火を吹いたりするところね すしお あのカットの撮出しやってる時に 佐伯さんが まあ もう少し経てば 格好いいフォルムとか描けるようになるよ とか言ってきたんすよ 俺は格好いいと思っていたのに 一同 笑 すしお 俺のこれは格好よくないって事か って こんにゃろー 今見るとやばいんだけど 当時は 凄いの描いちゃったー って思っていたから 今石 あの時 そういう新鮮な情熱が感じられてよかったね 俺とか その頃でももう爆発とかなん枚描けばどうなるとか なんとなく見当ついてるから ここを描くのは面倒臭いなーみたいな事も考えながら描いちゃっていたんだけど すしおのは 爆発描いてるという状況だけで楽しい という原画だったから 平松 それは凄く重要な事だと思うね 今石 そう いちばん大事な事なんだけどね すしお あの頃がいちばんテンション上がってたんすよ ちょうど動きに興味を持って 試行錯誤を始めてたから凄い面白い時期だったんです 俺 天職だよ とか思いながら仕事してたんですよ 今石 仕上がりは 39話 無敵の戦闘要塞 ジャイアントアクロイヤー の方がよかったんじゃないの どーんとビルに穴空いたりとか レーザー発射して とか すしお そうなんですね でも 今見ると足りない 今石 まあね すしお もうちょっと 考えろよ みたいな 今石 あと もう1枚2枚 とかあるんだけど すしお なんか地味なんですよね 今石 うーん 平松 彼は 今僕 今 そこにいる僕 NOW AND THEN HERE

    Original URL path: http://www.style.fm/as/01_talk/gaina01.shtml (2016-02-17)
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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    ゴクウ に関しても そんな感じでしたよ キーになるところは ほとんど川尻さんが起こして という感じですね 小黒 川尻さんのアニメって 今でもそのシステムをとってるんですか 小池 最近まではその傾向にありましたね 2原体制でなくなったのは VAMPIRE HUNTER D の頃からかな あの頃になると腕に自信のある原画マンがそろってきたので 原画マンの動きを尊重して 川尻さんがチェックするという形になってました 小黒 小池さん自身は 初期からアクション指向だったんですか 小池 アクションは好きでしたよ やっぱり アニメーターとしては 動いてなんぼ ですから どうすれば川尻さんみたいな渋い動きになるのかという事に関しては かなり勉強したつもりなんですけどね それでもなかなかあの感じは出せないんですよ 特殊なコマ打ちをしている感じでもないですし 2コマもベタ打ちだったりするんですけど 小黒 そうなんですか 不思議ですね 小池 崩れた画がないと言うか 構図が決まってるからなんでしょうね 小黒 長く川尻さんの作品に参加されていますけど 川尻作品らしく描く秘訣はあるんですか 小池 無駄な事を省くっていう事じゃないかと思います 前に川尻さんと話をした事があるんですけど 川尻さんは 会話シーンで喋っている時の描写では極力芝居させないと決めて その代わり喋っている相手のリアクションを印象的に見せる というような事をするんですよ 小黒 なるほど 無駄に動かさない事で効果を上げるわけですね 小池 キャラクターも構図を含めて川尻さんの作品は 完成されてると思います そこを真似ながらやったんですけれども 今でも川尻さんのところまでは到達できないですね 小黒 それは 美意識みたいな部分という事ですか 小池 ええ そうですね あのセンスはやっぱり川尻さんじゃないとできないと思います だから 自分のテイストで勝負しないとダメなんだろうなって最近では思うようになって 意識的に自分のカラーを出すようにしているのかもしれません 小黒 2回ほどマッドハウスから離れてやられた仕事があるそうですね 小池 ジャイアント ロボ と BLOOD ですね 小黒 ジャイアント ロボ は自ら志願されたんですか 小池 そうなんです 参加したいちばんの要因は キャラ作監の山下 明彦 さんに憧れていたからなんです あの人の画面の作り方が凄いな と思って 画面をアニメーター的にではなく むしろ演出的に消化しているんですよ 山下さんはイメージボードもかなり描いているんですよね 超神伝説 うろつき童子 魔胎伝 だったかな そのラフコンテと言うか イメージボードみたいなものを見せてもらった事があるんですけど 山下さんが全部描き起こしてるんです それが凄くよくて これは一回 一緒に仕事がしたい と そう思いまして ジャイアント ロボ の時に どうしてもやりたい と丸山 正雄 さんに頼みました 小黒 ジャイアント ロボ で得るものは多かったんですか 小池 得るものも多かったんですけど あまり吸収できていないかも とにかく凄すぎて 小黒 例えば 山下さんのどういうところが凄いんです 小池 悩みが感じられないんですよ 画面作りに こうしたいんだと思った事が思った通りに すらすら描けてしまうように見える 小黒 本人として本当はこうしたいんだろうけど そこまでいってない みたいな感じがないわけですね 小池 そうなんです 勿論 ご本人のレベルでは色々あるんでしょうけど あの人の頭はどうなっているんだろうって ビックリしましたね 小黒 ジャイアント ロボ では 小池さんは具体的にはどこを担当されたんですか 小池 1話のパリの街が荒れていくようなところだと思います ロボが格納庫に収納されて 機械が整備を始めるところも 小黒 アームが伸びてくるところですね 小池 ええ アクションシーンはあまりやっていないんです メカと少しエフェクトをやったんですよ ぜひ見てくれ というようなところではないんですけど あれは作品全体がいい感じだったので 参加できてよかったと思います 小黒 BLOOD の方は 小池 あの時は寺田克也さんの画に凄く憧れていたんですよ 作監の黄瀬 和哉 さんと一緒に仕事したいという気持ちもあって それで参加したんです ゴールデンスタッフ と言われる井上 俊之 さんや磯 光雄 さんといった人達がバリバリとアクションシーンをやっていて 力の差を見せつけられたという感じですね 小黒 でも 井上さんや磯さんは どちらかと言えばリアル系じゃないですか 小池さんとは傾向が違うでしょう 小池 違いますけどね 違いますけど ああいう人達がどこをポイントに原画を描いているのか 全然分からないんです そういったところに関して少し葛藤がありましたね 小黒 そうなんですか 小池 それを感じたのは終わってからですけどね やっている時はただ自分のパートを消化しているだけなんですけど 上がってきたものを見ると アニメーターとしての力のある人達の仕事を まざまざと見せつけられたっていう感じですかね 僕が直接仕事で関わった方では 作監の黄瀬さんも印象的でしたね 黄瀬さんは全体を引いた目で見られるのか ちょっとした演技づけだとか このシーンはここまで派手にしなくていいよ というような事を的確に指示してくれるんです そこが 今まで一緒に仕事をした作監とは違った印象を受けました 小黒 なるほど 直すにしても全直しのような形ではないんですね 小池 ええ 部分的な直しなんですけど それによって 演出的に望まれている演技はここまで と具体的に指示してくれるんです 小黒 ここまで と言うと 小池 必要以上なものはいらない という事です かと言って淡白でもない ちょっとした演技づけなんですけど それが 頭で考えて描いているのかなと不思議に思うくらい自然なんですね やっぱり映画をたくさん観ていらっしゃるんでしょうね 小黒 川尻作品の話に戻りますが 獣兵衛忍風帖 はどこをやられてるんですか 小池 鉄斎っていう 皮膚が岩に変わる大男と獣兵衛が戦っているところです 小黒 かなりカット数がありますけど 女が岩男に襲われているシーンからですか そこに獣兵衛が入ってきますよね 小池 いえ その後一度獣兵衛が逃げるじゃないですか で もう一回岩男に捕まるんです そこからが僕になります あのころはちょうど動かすのが面白くなってきた時期で 重量感や力強さが表現できる原画をやりたいと思って 使ってもらいました 小黒 岩の固そうな感じがよかったです あそこは見せ場ですよね 小池 ありがとうございます 笑 小黒 D ではどちらを 小池 トンネルの中でマイエル リンクと Dが初めて会うところです 馬車の上で戦っているところですね 小黒 つばぜり合いですね 小池 そうです そこと バルバロイっていう妖怪のような奴らがいっぱい集まってるところで グローブっていう霊体がやってくるところですね 小黒 ああ あの身体の弱い人 あの人がビームを撃ったりするところですね あそこのシークエンスはまるまるやられたんですか 小池 レイアウトはまるまるやって 原画はアクションシーンからやっています 小黒 川尻作品で大きな仕事はその辺りになるんですか 小池 そうですね ずっと川尻作品をやる機会が多かったので そろそろ違うところでやってみたいなという欲が出てきたんですね それでTVシリーズに参加してみて それが刺激になったんです D が終わって 大地 丙太郎 さんの 十兵衛ちゃん をやり始めた頃に 作監の吉松 孝博 さんとか ライブから来ている菅野 利之 さんといった方の仕事ぶりに強い影響を受けました TVでも凄い原画を描いてるんですよ 小黒 原画枚数を沢山描いてるという事ですか 小池 枚数もそうだし 演技のつけ方にしても凄いんです TVでもここまでやっちゃうんだ と思って刺激になりました それがきっかけになって とりあえずやりたい事はTVだろうがなんだろうが 全部やろうと思うようになったんです それが原画の描き方や動かし方が変わったきっかけになりましたね 小黒

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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    トムとジェリー が好きでしたね 小黒 なるほど 窪さんもアメコミ風の画を描かれますよね で 実際にアニメ界に入っていかがでした 小原 最初はタップ穴も知らなかったんですよ トップクラフトと連絡はついたんだけれども 画が描けなければ駄目だというので 練習用に動画用紙と原画とタップをこちらに小包で送ってきたんです だけど タップがなんなのか分からないから 最初は小包の留め金か何かだと思ったぐらい 紙を見ると穴がみっつ空いているから どうして穴が空いているんだろう と それが不思議でしたね 小黒 その時は原画をトレースしたんですか 小原 いや トレースアップするという事も分からないから 原画を見て模写してました それを持っていったら非常に不思議がられましたよ 笑 小黒 当時のトップクラフトって 国内作品はあまりやってないですよね 小原 そうですね 合作ばかりでした 小黒 最初にやられた作品は何になるんです 小原 さっきの ホビットの冒険 です それから ラストユニコーン The Last Unicorn をやって 風の谷のナウシカ をやって それから一時期 コアラボーイ コッキィ をやりました やっぱり 宮崎駿さんとの存在が大きかったですね あの頃 未来少年コナン を観たんです 小黒 ああ コナン は業界に入られてから見たんですね 小原 ええ 楽しくて面白かったですね 小黒 素朴な事を聞きますけど 当時のトップクラフトの作法は 国内のアニメとはずいぶん違ったんですか 小原 どうでしょうね 窪さんの個性が大きく反映する会社ではありました 窪さんの画の達者さが大きかったのは確かです 僕らのあの頃の意識には 国内とは違って割といいものを作っているんだという自負が 恥ずかしながら 多少あったでしょうね 勿論 実際には国内でちゃんと頑張っている人 巧い人はいっぱいいたわけですけど 小黒 国内のアニメ制作会社としては珍しく フルアニメ志向のものを作っていたわけですね 小原 そうですね 2コマ撮り 1コマ撮りをやっていましたから ただ自分は そうした時期にはほとんど参加していないですけど 小黒 ああ つまり ホビット や ラストユニコーン がトップクラフトの黄金期だったわけですね 小原 そうですね ナウシカ をやってすぐに 会社自体がなくなっちゃいましたから 小黒 もう少し当時の話をうかがいたいんですけど 窪さんからの影響というのは大きいんですか 小原 ええ 大きかったですよ そもそも窪さんのキャラクターデザインで入ったようなものですからね 他は全然眼中になかった 窪さんは とにかくきちんとしているんですよ 骨格 頭蓋骨と目の位置関係 手の形と 小黒 今のアニメファンにはあまり知られていないと思うんですけど 業界には窪さんの熱心なファンの方がいらっしゃいますよね 小原 当時の状況の中で 窪さんというのは飛び抜けていましたからね 普通の方が描けないような デッサンをやっていないと描けないような画でしたから だから 業界にファンが多いというのも肯けますね 僕自身は そこから始まって 次に 動かす事の面白さという点で 宮崎さんから影響を受けましたね アニメーションってこんなに楽しいんだな って 小黒 あ そうなんですか それは コナン を観てそう思った 小原 コナン は コナン で楽しかったんですけど むしろ ナウシカ で一緒に仕事をした事が大きいですね アニメーションの面白さを再認識させられましたから こんなに自由なんだって 伸び伸びアニメーションができるようになりました 2次元なのに 奥と手前があって フレームの奥に空間がいっぱい広がっているんだ という点を実感できた それが 凄く勉強になりましたね 小黒 トップクラフトのアニメと 宮崎さんのアニメは違いました 小原 全然違います 小黒 ナウシカ に参加する前は あまり国内のアニメはやってないんですよね カルチャーショックみたいなものがあったんじゃないですか 小原 そうですね 宮崎さんには ナウシカ で やっぱりいっぱい怒られましたよ 笑 ただ アニメーションを作る元気が出ましたよね だから 僕にとって大きかったのは窪さんであり 宮崎さんであり それから 後に参加したスタジオアローであり というところでしょうね 今の仕事のスタイルを作ったというのは アローでなんです 枠にとらわれずに 一監督になってみたり 一アニメーターになってみたり 立体を使ったり 仕上げまでやったりという あらゆる仕事ができるという意味で アニメーション本来の面白さは スタジオアローで学んでますね 今 僕がコマーシャルをずっとやっているというのは そちらの影響が大きいです 小黒 なるほど 次第に多彩な仕事へと移行していくわけですね 小原 どうしてそうなったかというと ナウシカ の後 3000枚しか枚数が使えないような仕事をするようになったんです 笑 小黒 それは例えば コッキィ なんかの場合ですね TVアニメだとそうでしょうね 小原 動かしたい欲求はあるんだけど 枚数は使えないんですよ 僕が コッキィ をやった時は Bパートで動かすために絵コンテを全部自分で描き直して Aパートは 止めと口パクだけにしたんです 小黒 なるほど 小原 さらに 口パクも閉じた口の上に 開いた口を乗せるような事をしてましたから 注1 窪詔之 1932年生まれ 黎明期のタツノコプロに入社し 宇宙エース を皮切りに マッハGoGoGo のオープニングの原画などを手がける タツノコプロ退社後 スタジオ ビーズを経て トップクラフトに参加 合作作品を手がけた後 トップクラフト解散を経て 現在ではスタジオぴえろ作品を中心に活躍中 近年の仕事に たこやきマントマン レレレの天才バカボン のキャラクターデザインがある タイガーマスク で見せたアメコミ調の力強いタッチには 業界ファンが多い 小黒 ああ 分かります キャラが止めで口パクの場合に 閉じた口を止めの顔に描きこんじゃうわけですね 注2 小原 そうです そうです 笑 そうすると1枚浮くわけです そうやってAパートで動画の枚数を500枚浮かせて Bパートで使おう と そういう計算をしながらやってました 3コマ撮り 4コマ撮りで どういう画の描き方をしたら スムーズに見えるか なんて考える だから 時間を食うんですよ それに他の人が描いた原画も描き直すから嫌われるし お金は作画監督料しかもらえないし そんな事やっていたら食えないですよね 苦笑 ところが コマーシャルを見ていると1コマ2コマで 生き生き動いているんですよ どうせ仕事をするなら たくさん枚数を使って 自分の表現をしたいなと思ってコマーシャルの方に行ったんです そういう仕事ができるまで20年かかっちゃいましたけどね 小黒 ええと それは現在のスタジオアロハとして独立して仕事ができるようになるまで ってことですよね じゃあ 独立されたのは 小原 つい最近ですよ 小黒 という事は スタジオアローでは1人で仕事されていたわけではない 小原 いや アローでも1人でやっていましたよ ただ コマーシャルの仕事というのは 独立しました 仕事ください と言っても すぐに仕事がもらえるわけではないですから アローは熊田勇さん 白梅進さんのお2人のスタジオなんです 熊田さんと窪さんが知り合いだったのものですから 押しかけていったわけです で 家賃は払わなくていいから

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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    絵 1976年アリス舘刊 残念ながら現在は絶版 福島 してました 笑 今 スタジオジブリ等で仕事してらっしゃる大谷敦子さんやなんかと一緒に同好会みたいなものを作っていたんですよね カナダのアニメーションで ザムザ氏の変身 というのがあったんですけど それを真似て小麦粉を使って撮ってみたり 注2 小黒 で 卒業後にそのままマッドハウスへ 福島 いえいえ テキスタイル デザインの会社に一旦就職してるんです 布地の柄なんかを描く仕事ですね かわいい系の絵柄担当だったんですよ そうやってある程度貯金して マッドハウスに入れそうだ という感触を得てから出てきた っていう感じでした 苦笑 小黒 なるほど 実際にアニメの仕事を始められて いかがでした 福島 私って 描けない と思いましたね 笑 小黒 初原画は何になるんですか 福島 それが覚えてないんですよ 普通 みなさん覚えてますよね 苦笑 ニルスの不思議な旅 か のどか森の動物大作戦 か 初めてやった動画は 入ったときにちょうど ユニコ を制作していたので それのラフ原画のクリンナップからだと思うんですけど 小黒 と言う事は あまり動画の期間はないんですね 福島 ですね なんでだろう 笑 その前後で すぐにキャラクターデザインの仕事をしているんですよね 電話の天使 電話の悪魔 電話のマナーは思いやり っていうPR映画があって メインのキャラクターは杉野さんだったんですけど 他に出てくるヤツをちょこちょこと 小黒 ああ 大橋 学 さんがおっしゃっていた 福島さんが作ったPRフィルムって それですね 福島 私が作ったわけじゃないですよ 苦笑 色んなキャラクターが出てくるので そのお手伝いという感じだったと思うんですけど ちゃんと描けなかったのを 杉野さんが綺麗に整理してくださったんです 金の鳥 の時も やっぱり大橋さんがデザインを整理してくださったんです いつも私が描いて足りないところを みなさんが補足してくださっているんです 小黒 ああ そうですね ちょっと話が前後しますが 大橋さんとはコンビで仕事をなさる事が多いですよね 福島 コンビじゃなくて師匠と弟子 申し訳ないですね 画が安定しないんで お願いしっぱなしなんです 画はいまだに 安定してないんですけど 小黒 大橋さんの話は 後でじっくり聞かせてください それから 他に当時影響を受けた方っていらっしゃいます 福島 出崎さんが一番で 次に杉野さんという感じですけど でも もう周りみんなという感じですよね 私は周りが見えなくてひたすら描いているタイプで あまり他の人はこうやっているぞというのを探して観るタイプではなかったんですよ でも 森本 晃司 経由で色々入ってくるんです 笑 話を聞かされて 見せられたもの全部が 凄いな 凄いな という感じでしたね 小黒 当時 森本さんが色々と教えてくれたんですか あの作品がいい この作品を観ろ って 福島 あんなぷるになってからは そういう事もよくありましたね あそこは 凄くアットホームなところだったんで 面白いものがあると みんながビデオを持ってきて 会社で観ていたんです そういうのを横で観てて こんなのできないよ って 溜息ついてましたね 笑 小黒 いや でも スペースコブラ なんかでは 凄く派手なアクションを描いてらっしゃいますよね 福島 派手にしなきゃいけない と思ってましたから 笑 下手ですよね あれは 描けないとああなっちゃうんですね 実は 今回お話するというんで 色々と自分の関わった作品を観返してみたんですよ そういう事は ずっと避けていたんですけど 苦笑 小黒 いかがでした 福島 観返してみたら 凄く落ち込みまして 苦笑 コブラ も 当時はよかれと思ってやったんですけどね 今観ると 若気の至りで 小黒 いえいえ 元気いっぱいですよね 福島 色んな事をやってみたかったですからね 格好いいと思ったものを ちょっと真似してみようかな という気持ちがあったかもしれません 小黒 あんなぷる時代で思い出深い作品と言うと何になるんですか 福島 全然描けなかった ジョー2 です 笑 小黒 描けなかったんですか 福島 描けなかったですよ 画ががっちりしているじゃないですか 描けば描くほどダメになっていくんですね それに 私は基本がしっかりとできている人間ではないので ほら 巧い人は全体の動きのプランを立ててから描いていくじゃないですか 私は 描きながらプランを立てて という感じだったんです いや そもそも全体のプランを立てるという事すらできなかったの とにかく端から描いていくという感じなので だから時間がかかる上に できが悪い 苦笑 嫌だな と思った事はないんですけど 描けないのは辛いな とは思いました でも 本格的にアニメをやり始めたのは ジョー からなんで 一番思い入れがありますね 小黒 あれは 始まった時はマッドハウスの制作だったんですよね 福島 そうですね マッドハウスで ジョー をやる人と ユニコ 魔法の島へ をやる人と振り分けようという話になったんです その時に 女の子は ユニコ だよね って言われて 女性全員が えーっ って声を上げたんですね 笑 女性はみんな ジョー をやりたがったんです 小黒 あ そうなんですか 福島 ええ だよね って言われたのが嫌だったのか 笑 今思えば ユニコ をやった方が楽しかったかもしれない と思うんですけど 小黒 そうですね 向いているかもしれませんね 福島 当時は 描けないかもしれない と思うようなものであっても やってみたい という気持ちが強かったから まあ 杉野 昭夫 さんがメインだったという事もあるんでしょうが 杉野さんも どうかなあ という感じで様子を見ていてくださったと思います だから どこをやったか なんて訊かないでくださいね 微笑 小黒 はい 苦笑 当時は でも アクションアニメーターでしたよね コブラ とか劇場版 レンズマン とか 福島 いや 仕事がそういう仕事ばかりでしたから あれ 違うぞ と思いながらね 笑 ほら ガンバ 家なき子 宝島 マルコ ポーロの冒険 とTVで観てきていたから その路線のイメージがあったんです ジョー はまだしも コブラ ゴルゴ とくると あれっ って 段々

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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    動画のあがりも すぐその場で見てもらえるわけですね 大橋 うん 必ずしも担当の原画がすぐ隣というわけじゃないんだけどね 小黒 ああ そうか 大橋 自分としては授業の合間にノートにいたずら描きしている 遊びの延長のような感覚で 凄く楽しかった それでお金をもらえるというのが 自分にとっては嘘みたいな話で しかも できあがったものは 1週間に1回 試写室で見られるし だから 始めて1 2年は夢のような世界でしたよね 今から考えれば 笑 小黒 フジ丸 はいかがでした 大橋 動画の勉強になりましたね ずいぶん中に枚数が入っていたから フルに近い感じで 当時の原画は 今と違って きちっと清書してない ラフな線なんです 特に小田部さんの原画は シュッシュッとシャープに線が引いてあって 2本の線が引いてあるような感じだった それがまた微妙な曲線なんで 動画としてはどの線を拾っていいか分からない そうなると 線の真ん中を採るわけ 笑 そんなふうに かなり動画に任されていた 今とは随分違ってね 今は寸分の狂いもない原画を描くっていう時代だから 小黒 そうですね 大橋 今は これ以上太い線を引いてくれるな というぐらい細い線で原画を描くけど 当時は 力を入れないと引けないような太い線だったんだよ 笑 アップの時は特にね 今のトレスマシンと違って 当時のゼロックスは強く引かないと 線が出ないんです だから 10枚描くともう疲れちゃう世界 でも楽しかった 描けば描くほどお金がもらえるっていうシステムだったから 今から思うと夢のような話だけど 15歳で15万円ももらった時もあるくらい 給料以外に 出来高払いが10日にいっぺんあったから 週給みたいなものだった TVの草創期って みんなが稼ぐ時代だったんです まあ その後 2 3年の間に賃金を安くする動きが起こって 大量にアニメーターが辞めていく事になるんだけど 次の レインボー戦隊ロビン の時に 俺を原画にしてくれたのが 作監の木村さんなんですよね 東映動画は 正式に 原画です って任命されなければ 原画を描いてはいけないんだけど 木村さんが 何カットかコンテを持ってきて この原画を描いてみな って言ってくれたんです そういうところが 木村さんの特徴なんだけどね 笑 それで 描いてしまったなら仕方がないという事で 原画の契約になったんです 小黒 その後は 大橋 その後が サイボーグ009 の この時は確か17歳だった 最初は劇場版だったかな これは ロビン が終わった後に 旅館に缶詰になって 芹川 有吾 さんの絵コンテを木村さんと一緒に清書したんです 小黒 そうなんですか 大橋 でね そのコンテが評判よかったから というのでもないだろうけど 大塚康生さんが 009 のスタッフに興味持って 頻繁に遊びに来るようになったんだ まあ 木村さんと大塚さんが非常に仲良かったんだよね と言うのも 2人とも車好きだったんだよ 笑 だから 実は 009 のアニメーターを影ながら指導してくれたのは大塚さんなんだよね あれは大塚さん達が ホルス の作業に入り始めた頃かもしれない 小黒 大橋さんは 009 ではメインだったんですね もう 大橋 うん そうかも 原画マンが4 5人しかいないからね 小黒 劇場が 大橋 うん TVもそう 小黒 当時の話題としてよく話に上るのが 木村さんの激しいアクションですけど 大橋さんはどうだったんですか 大橋 もう 木村さんのコピーでしたよ 小黒 ああ そうなんですか 大橋 あのね 木村さんは 風のフジ丸 の時からアクションは派手でしたけど 大きく変わったのは 実は タツノコプロの 紅三四郎 を木村さんと一緒にやった頃じゃないかな 小黒 それはアルバイトで 大橋 そう 正確には木村さんは東映にいて 俺は東映をやめてフリーだった それで タツノコプロの作品がいいんじゃないか って 劇画調の画が好きだったから それで マッハGoGoGo や 紅三四郎 を何本かやったんですよ 小黒 お2人で 大橋 その後 村田四郎さんと3人でやるようになります で 紅三四郎 をやってから タイガーマスク になるから その影響はあると思いますね 例えば 伊達直人と三四郎ってちょっと面影がダブりますよね 紅三四郎 の仕事を当時 木村さんのところで一緒にやっていたんだけど その時に 同時に木村さんは タイガー のキャラクターを作っていたんですよ 小黒 ああ なるほど 大橋 木村さんは 形をとるのが巧かったですね 顔を描かずに まずプロポーションだけで 先に動きを作ってしまうんですよ 顔なんか後から描けばいい って 動かすのが楽しいんで ひとつひとつ顔を描いていると先に進まないんですよね 早く先の動きを作りたいんで そうやっていたんです そういうのは 俺も影響受けているよね 結構 木村さんそっくりに描いていたと思う 小黒 ちょっとお尋ねしたいんですけど ロビン から タイガー の頃って 木村さんは ある種スターだったわけですよね 社内で 大橋 うん そうですね 小黒 ロビン の頃から頭角を現す っていう感じだったんですか 大橋 いや 多分 フジ丸 で抜擢されたのがそもそもでしょう その後 ロビン で作画監督だから 1年単位で上昇しているんじゃないですか 俺もその流れに乗っていったっていう感じなんですかねえ それくらい木村さんが原画に抜擢してくれた事は大きかった 可愛がってもらったんだよね だから 画も動きもそのまま影響受けちゃった 小黒 009 や タイガー のオープニングって 多分 木村さんの原画だと思うんですけど 大橋 そうそう 小黒 今見ても 巧みですよね 大橋 当時 動かすの大好きだったんですよね 木村さんは 俺は 一度 アニメーションに挫折して東映を辞めちゃうんだけど 対照的にその頃 木村さんはノリにノってたね 俺のアパートに 自分で描いた原画を どうだー って見せにくるんです 俺はその頃 10代のシラケ世代だから はあ って 感心もしないんだけど 笑 小黒 なるほど 辞めてしまうあたりの話は また後にうかがうとして 東映時代の話をもう少し続けさせてください 009 の後が ピュンピュン丸 ですよね あれもオープニングは木村さんですか 大橋 そうです ピュンピュン丸 は面白かったですね 随分遊びましたから この頃は 枚数制限がなかったんで 俺も原画枚数をふんだんに使って

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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    どうしてリテイクくらうのか分からなかったんだけど それはね 気分をいかに入れるか っていう事だったんだ 直接 杉野さんから 気持ちを入れろ って言われたというわけじゃなくて 後で感じた事なんだけどね と言うのも とある原画マンが杉野さんに向かって話しているのが聞こえたんだよ 杉野さんが修正入れているのをチラッと見たら 泣いてるんだよね ああいう時に 杉野さんがやっているシーンを見ると悲しい場面なんだ って それを聞いて 悲しい場面をやりながら 実際に泣いてるなんて メチャ テンション高いなあ 凄い世界なんだなあ って 小黒 それは凄いなあ 森本 杉野さんは コンテに目を通して このカットはどういう意味かって分かってるから それだけ思い入れられるんだろうね 俺達動画マンは 泣いているんだ ぐらいしか分からないんだけど 笑 どういう思いでいるのか みたいなところまでは分からない それ以来 原画をやる時も その前のシーンがどうなってるのかぐらいは最低限理解すべきだな と思うようになった 小黒 ちょっと話は前後するかもしれませんが そもそも どういうアニメーターになりたかったんですか 例えば 格好いい画が描きたかったとか 女の子が描きたいとか 色々あるじゃないですか 森本 格好いいっていうのはありますね 男の子ですから 笑 あの頃 金田 伊功 さんが 動きとしては ひとつ強烈に飛び抜けてましたよね あの気持ちよさというのは もう 理屈ではなくて 気持ちいい を求めているからこそ得られる 生理的な気持ちよさなんだけど それが凄くいいな と ああいう風なアニメーションができれば気持ちいいんだろうな とは漠然と思ってた 小黒 それはマッドハウスに入る前から 森本 いや 入ってからです 入る前は アニメーターというよりは こんな作品が作りたいな というような事を思ってましたね 出崎さんとか宮崎 駿 さんとか むしろ演出している人の方が気になってた だから 作画について意識するようになったのは アニメーターになってから それで 作画マンで最初に意識するようになったのが 金田さん 俺にとって金字塔のようにそびえ立ってた 特に あの中間基地攻略がね 小黒 ヤマトよ永遠に ですね 森本 うん 発進シーンから始まって ひとつひとつのカットもそうだけど カットを積み上げていく事での相乗効果があるんだ とか こんな生理的に気持ちのいい動きが描けるんだ とか これはいったいどうやっているんだろう って不思議だった あとで川尻 善昭 さんと一緒に仕事をして その秘密の一端が分かったような気がしたよ 小黒 と言うと 森本 劇場 レンズマン の時に一緒に仕事をして知ったんだけど 普通だったら1カット1カット描くところを 川尻さんは 30カットだったら30カット全部 一気に描くんだよ 流しながら こうバーッと描く 小黒 一度に 森本 そう そうやって先に シーンの流れを追って 先にラフ原画を仕上げてしまう それを見て ああ 繋がっていく感の気持ちよさの秘密はこれかあ って こんな事をする人がいるんだ って驚いたよ そういうやり方をする事で 1カット1カットに凝るんじゃなくて 1シーンで見せる そのカットだけで悲しいんじゃなくて 相乗効果として その1シーンで悲しいように見せていく そんな風に共鳴し合うものが描けるんだ そういう描き方をしているから ラフが決まってしまえば 後は清書するだけなので 凄いスピードで仕上げていくんだよ 小黒 それは 滅茶苦茶凄い秘密ですねえ 森本さんの初原画はTVの あしたのジョー2 ですよね ジョー2 では 主にアクションシーン メカシーンが中心なんですか 森本 そう 試合ばっかり ホントは 葉子が凄く描きたかった 葉子の演技って繊細じゃないですか 髪の毛がパラリ とかね 微妙に演技させるのって気持ちよさそうだなあって 気になってた でも 出崎さんからは そういうカットは回してもらえなかった 笑 小黒 印象的なところは 森本 いやあ 教わる事が多すぎて 毎回失敗の連続なんで 今見ると あちゃー って言うばかりなんだよ でも あえて言えば 印象的だったのは 金竜飛 彼の子供時代の回想シーンで 出崎さんが初めて スタジオのみんなにボードやら色設計をまかせてくれたんだ 注1 絵の詩人 杉野昭夫 アニメージュ 1979年9月号に掲載された アニメ人物INSIDE研究2 という特集のタイトル 小黒 あ そうなんですか 23話の あの黄色い色調の画面ですよね 注2 森本 うん だから それはただの原画じゃなくてね 面白かった ここはハエが飛んでいた方がいいよなあ なんて言って ハエを飛ばしたり だから あの場面はみんなのアイデアが入ってるんだ ジョー2 はね 放送で一度しか見てないんですよね 怖くて 笑 だから あんまり覚えてないんだよなあ 結構前ですよね 小黒 そうですね 劇場 エース が79年だから 翌年には原画を描いている事になりますよね 相当に早い 森本 当時のマッドハウスは 原画になるのに試験があったんだけど 動画を1000枚描かないと その試験が受けられない だから それを達成しようとして 一杯描いて手が真っ黒になった 笑 小黒 その頃で 印象的なお仕事はどれになるんですか 森本 自分の中ではね TVの スペースコブラ が結構印象的なんだよ 小黒 ああ コブラ の時の森本さんは 元気いっぱいって感じでしたよね 笑 注2 あしたのジョー2 23話 燃える野獣と 氷 ここで話題になっているのは 金竜飛の子供の頃のショッキングな体験を 鮮烈な色使いで表現した名シーン 森本 描いてて楽しかったよね SFが好きだったんだけど ジョー2 はそうじゃないから ほら 光線とか描けないじゃない 笑 外の作品を観てて ああ メカものやりてえなあ って思ってた時に コブラ が来たんだよ 当時は テレコムが ルパン で アルバトロス みたいな作品をやってて 注3 やっぱり それに対する対抗意識があったから 動かす という事を相当意識して それを試してみようかな と思って色々と実験みたいな感じでやったんだよね 今回はちょっとディズニー調にやってみようかな なんて 小黒 なるほど 森本 そうやって試していたから 面白かったね テレコムが1万2000枚使ったと聞けば もっと枚数使わせてくれって制作に無理を言って スケジュール内に納めるからという条件で 使える枚数を増やしてもらった事もあったし そうやっているうちにいろんな発見もあったしね 金田さんが好きだと言ったけど 金田さんって あの気持ちよさの前に 動きのタメがあるんだよね 緩急って言うのかな 伸びる方向と逆に1度戻る動きが入るんだよ そういうアクションの捉え方をしているという事が 色々やった結果 分かったりね

    Original URL path: http://www.style.fm/as/01_talk/morimoto01.shtml (2016-02-17)
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  • WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう
    と言われたんです 笑 小黒 メカアニメーター時代というのは いつ頃までになるんですか 大平 どうだろう AKIRA までぐらいですかね それまでは ほとんどAICや葦プロのメカものばっかりでしたからね 小黒 そのあたりで 自信作みたいなものってありますか 大平 自信作かあ 苦笑 ちょっと見当がつかないですね 小黒 例えば マシンロボ のバイカンフーの合体なんかはどうですか 大平 あれは あんまりよくないです 苦笑 でも あの頃が一番楽しかったかも知れないですね 好きなものが描けていたわけだし 小黒 好きなものがと言うか 好きな事だけ描いていた 大平 そうそう そうですね 笑 小黒 BUBBLEGUM CRISIS シリーズは 結構まとまった仕事ですよね 大平 100カットぐらいはやっていると思います 1 2巻をやって それから3巻を手伝いで少しだけやりました 小黒 その頃は 思い通りに描けているんですか 大平 思い通りに描ける というような事は いつまで経ってもないんじゃないですか 笑 小黒 じゃあ その頃 ご自身の中でターニングポイントになった仕事というと なんでしょう 大平 ターニングポイントとは違うかもしれませんが 思い入れがあるのは GALL FORCE の2本目です あれで 巨大なビーム砲みたいな物を描いたんですよ それまでは 割とカット数を上げる方だったんですけれども その時は 1カットにひと月以上かかってしまって その辺からちょっとおかしくなり始めたんですかね 笑 小黒 その1カットというのは 普通の秒数なんですか 大平 僕は5カットぐらいしかやってなかったんですけど 尺で言うと 5秒とか3秒ぐらい 小黒 それは どうしてそんな事になったんですか 大平 ひたすらエフェクトを描いてたんです 小黒 えっ でも 5秒のカットだったら どんなに頑張ってもそんなに枚数は描けないんじゃないですか 大平 いや 1コマなのは勿論ですが 重ねもたくさんありましたから 小黒 じゃあ 凄く分厚い原画になっちゃった 大平 ええ そうなんですよ 300枚ぐらいですかね 小黒 300枚 大平 ええ 小黒 原画で 大平 でもね それとは別に もっと記録的な枚数を描いたものがあるんですよ 結局 それはフィルムにならなかったんです こんなもん 処理できない って言われて 笑 PROJECT A KO 3 の時の事なんですけど C子が巨大恐竜に変身するカットがあって 1カットで カット袋2袋パンパンにした原画を上げたんです 確か動画枚数が1000枚以上 笑 小黒 それはTVアニメの1話の3分の1ぐらいですね でも 1コマでも そんな枚数にはならないでしょう 大平 それは重ねがありますから とにかく重ねる事ばっかりやってましたから 情報量を多くすれば よく見えるんじゃないかって 笑 小黒 重ねの枚数でいうと どのぐらいまでやったんですか 注1 山下 将仁 さん 金田伊功の流れを汲むアニメーターの1人 極端なデフォルメとタイミング 個性的な絵柄でマニアックなファンの人気を集めた 代表作に うる星やつら 鉄人28号 新 DALLOS 等がある 文中で話題になっている 柳のオジジ とは うる星やつら 97話 怪談 柳のオジジ 大平 A B C Nぐらいまでだと思うんですけど 注2 小黒 それは撮影の限界に近付いてますね 何かを乗り越えよう という意識があったんですか 大平 うーん そういう考えは特別なかったんですけどね ただ好きで描いてるだけで 小黒 あの頃の大平さんで印象的だったのは 形が変わってるという点と 黒ベタの塗りなんですけど 大平 黒塗りはやっぱり 山下さんの特許ですからね 笑 小黒 ああ そうですね 大平さんも 山下さんのようにマーカーを使ってたんですか 大平 制作の人からは山下さんの 真似っこ は嫌われましたけどね 小黒 真似 という事は 山下さんの原画を直接見た事があるんですね 大平 ぴえろに DALLOS の原画が山積みにされてたんですよ それで制作の人にお願いして 必死になって山下さんの原画だけ探して これは宝物だ なんて言って 持って帰っちゃった 笑 小黒 その頃 他に影響を受けた方はいないんですか 大平 そうですねえ 梅津 泰臣 さん 田村 英樹 さんかなあ メカ作画では アニメアールの吉田 徹 さんとか 小黒 梅津さんは どの辺に心惹かれたんですか 大平 やっぱり 今まで見た事なかったような画ヅラだったからですね 緻密だし それに1コマだし 笑 小黒 田村さんは どの辺りの作品が 大平 BIRTH とか プラレス3四郎 とかですかね 小黒 要するに その頃は かっこいい画 を目指していたわけですよね 大平 そうですね 小黒 その後 AKIRA になるんですね AKIRA は どうして参加なさったんですか 大平 あれは 自ら やりたい って言って 原画持ち込んで 大友さんに見てもらったんです 小黒 どこをやられたんですか 大平 最初は 他の方の引き上げ分の手伝いだったんです エレベーターの中から 金田達が乗ったフライングポットが出てくるところですね ベビールームへ向かう ちょっと前 向かうところは 確か新井浩一さんがやられているんで エレベーターから出てくるあたりですね 小黒 他は 大平 ラストの崩壊シーンです それから エンディングの手伝いかな 本当はエンディングをやる予定だったんですけど 時間の都合でみんなで分けてしまったんですよ 小黒 じゃあ キャラクターと言うよりは エフェクト作画なんですね 大平 ほとんどエフェクトでした 笑 小黒 その時には 人物も描きたい っていうような考えは あったんですか 大平 いや そういう考えはなかったです 小黒 その後 御先祖様万々歳 に参加なされますが どういう経緯で参加したんですか 大平

    Original URL path: http://www.style.fm/as/01_talk/ohira01.shtml (2016-02-17)
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